イノベーション拠点「SHIP」に集う、静岡県で新たなビジネスにチャレンジする人材をマッチング

デジタル技術の習得や新たなビジネスのチャレンジを考えている人たちのための交流施設「SHIP」。ここで、事業革新や新規事業のためにビジネスパートナーを探して訪れる人と、そのために必要な人材や施設、団体とを結びつける仕事をしているのが、コミュニティマネージャーの玉城陽子さんと阿部祐大さんです。デジタル分野の相談に限らず、むしろITやDXに苦手意識を持つ人にこそ、SHIPを利用してほしいと言います。
県外の事業者が静岡県で事業を始める場合、コミュニティマネージャーは頼れる存在です。SHIP会員で、株式会社リンクアット・ジャパンの森山康弘さんにも加わっていただき、“静岡式イノベーション”とも言える、人と人が連鎖的に繋がることで広がる可能性について伺ってきました。
SHIP
https://ship-shizuoka.jp/
静岡県静岡市葵区呉服町2-7-26 静専ビル2F
静岡県が運営する施設。デジタル技術の習得や新たなビジネスへのチャレンジを目指す多様な人が集まる拠点。
コミュニティマネージャー 玉城 陽子(たまき ようこ)さん
株式会社エル・ティー・エス Transformation Consulting事業部 コンサルタント。RPA、AI-OCR導入検証(官公庁)、ITツール導入・運用定着(製造業)、業務負荷改善・業務プロセス再設計(製造業)等を担当。 近年は静岡県内の企業・官公庁向けにDX推進人材やイノベーション人材の育成プロジェクトに従事。
SHIP開所以来、コミュニティマネージャーとして、DX支援相談やオープンイノベーションのためのマッチング支援、IT関連セミナーの企画・相談などを担当。
コミュニティマネージャー(取材当時。現在はスタートアップ相談員) 阿部 祐大(あべ ゆうだい)さん
株式会社エル・ティー・エス Transformation Consulting事業部 コンサルタント。大学卒業後、大手ホテル会社に入社。営業部に所属し、国賓対応、各都道府県・市町村団体の要請・陳情活動、地域資源PRを主旨とした会議・懇親会をアレンジする。その後は、エル・ティー・エスにフィールドを移し、地方創生、社会課題解決に繋がる新規事業立ち上げに関するプロジェクトに関わる。
SHIPスタッフとしては、DX支援からセミナーの開催・会員同士の交流に関する相談など幅広く対応。ICT人材の育成・交流、イノベーション創出のサポートにも尽力。
ITやDXだけじゃない。人と人を繫ぎ、イノベーションを加速させる拠点・SHIP

2023年3月、静岡市葵区に開設されたSHizuoka Innovation Platform(SHIP:シップ)は、県内の高度なICT人材を育成し、DXやスタートアップ、新規事業立ち上げを目指す多彩な人材が交流するイノベーション拠点です。会員登録は個人のみが可能で、施設内のオープンスペースのほか、ミーティングルームやセミナールームなどを無料で使用することができます。現在の会員登録数は約1,200名(23年10月4日時点)。そのうち9割を静岡県内の人が占めています。平日平均で30人が立ち寄り、事業の相談や会員同士の交流による情報収集をしています。
SHIPコミュニティマネージャーの玉城陽子さんは、SHIPの立ち上げから携わり、会員からの相談や要望を受け、適切な人材や県内各地の施設の紹介、マッチングを行っています。SHIPの構想を聞いた時は、DX推進に取り組む中小企業や個人事業主にとって利便性のある施設になるだろうと感じたそうです。
玉城さん:中小企業ではDXを進めたくても時間もお金もなく、なんとなく“DX疲れ”が見受けられている時期でした。だからこそ、無料で相談ができ、多彩な人材と交流しながら自分たちに必要なリソースを得られる拠点は、まさに求められる施設になるだろうと思いました。実際に中小企業でデジタル、ITに関する業務を任されている人からの問合せが多く、DXや事業革新は必要だが具体的になにをしたらいいのかわからない、という相談もよくあります。一方で、県内の方だけでなく、静岡で新しいことを始めたいという県外の方にとっては、このコミュニティをフル活用して大いにチャレンジできると思います。
現在は、阿部祐大さんもコミュニティマネージャー(取材時。現・スタートアップ相談員)に加わり、玉城さんとともに会員のサポートにあたっています。
阿部さん:単純に場所というハードを提供するだけでは、人は集まってきません。初めのうちしばらくは、会員さん同士や、県、そのほかの施設との間に入って交流を促す、僕らのようなコミュニティマネージャーの存在は必要だと思っています。
玉城さん:県外の方には、静岡県への入り口として利用していただき、さらにアプローチしたいそれぞれの市町にある施設に私たちがお繋ぎします。拠点を構えたいということでしたら、サテライトオフィスを開設できる施設やコワーキングスペースを紹介します。『繫いでもらってよかった』と言われると、私たちも嬉しいですね。
会員の積極的な交流から生まれるイノベーションの芽が、大きなうねりに変わっていく

SHIPで開催されるイベントは、23年3月の開設以来、すでに100回を超えています。SHIP会員に向けたオープンで非営利のイベントであること、かつ、新たな出会いや大きなイノベーションをもたらす効果が期待できる内容であれば、イベントの企画・開催が可能です。ITやDXなどにこだわる必要はなく、セミナーやワークショップなどスタイルもさまざまです。主催者は企業、個人、県、市など、多種多様。大学生が開催することもあります。
玉城さん:例えば、デジタルイノベーション人材育成の講座では、経営学に絡めながら社会にイノベーションを起こすにはどういう思考が必要かという話の後に、セキュリティやブロックチェーン、AIを実際に体験してもらいます。すると、AIは何でもできるツールではないことを実感できます。そこから、じゃあデジタルをどう活用するかという発想が生まれます。会員さんが主催する講座では、マーケティングやSDGsの観点を、どうビジネスに取り入れて展開するかなど、デジタルに限らず様々なテーマで勉強会を実施しています。身近なところですぐに実践できそうな内容もあります。

また、SHIPを頻繁に利用する会員の中には、自らガーディアンと名乗り、県内外から積極的に人を誘い、交流の輪を広げている人がいます。コミュニティマネージャーが多忙な時は、新会員さんに施設の目的や利用方法といった基本的な説明を率先して行い、その場にいる会員さんたちに紹介してまわったりしているそうです。
玉城さん:これは、SHIPが自転し始めている証拠でしょう。とてもありがたいことです。今ではすっかり会員同士の交流が活発になっていて、私たちが橋渡しをする前に会員さん同士で相談が始まっていたりします。
阿部さん:これほど交流が活発に行われるのは静岡の県民性と言えるかもしれません。静岡市を例にとっても、県が運営するSHIPがあり、静岡市コ・クリエーションスペースCOCODEなどがあり、民間運営のコラボレーションスペースTakt、コワーキングスペース/シェアオフィス=ODENなどの交流型のコワーキングスペースがある。会員や利用者は、施設を限定せず活発に拠点間を行き来し交流していて、初めはすごく小さな動きだったかもしれないけれど、気づくと複数のコミュニティを巻き込んだ大きな動きになっている。知らない人たち同士が、どうしてこんなに打ち解けられるのかと驚きましたね。これは新しい人やものを許容してくれる静岡の県民性だと思います。
静岡で拠点を開設する前に繋がりをつくり、事業展開の可能性を広げる

SHIP会員の森山康弘さんは、東京に本社を置くIT企業、(株)リンクアット・ジャパンの取締役です。現在、静岡市内にサテライトオフィスを構えていますが、拠点を置く前からSHIPでの交流会に参加し、静岡市の地域課題を解決する事業構築に向け、さまざまな人との交流を行っています。
森山さん:IT以外の事業で地方進出を考えていました。同時に、25年目を迎えた会社は、なんとなく停滞感があって、現状を変えるためにまず僕が飛び出す形で静岡市にやってきました。
23年5月に、コワーキングスペース/シェアオフィス=ODENで開催されたイベントに参加し、静岡市の地元の企業の方と接点が生まれ、SHIPを紹介されました。調べたらコミュニティマネージャーという、初めて見る肩書きの方がいる。どんなことをしているんだろうと早速お会いしてみました。事業の構想を相談すると、多彩な情報を持っているコミュニティマネージャーが、一緒に事業ができそうな人や企業と繋いでくれるんです。本当に、何のつてもない状態だったので、その存在に安心感を覚えました。
森山さんは、中小企業が多い静岡県はDXが遅れているのは明白で、原因のひとつは地元にIT企業が少ないことだと考えています。静岡に専門学校や大学はあるけれど、就職先がないため、IT人材が県外に流出してしまうからです。そこで、将来的には静岡市に本格的なオフィスをつくり、一部の業務を東京から移して必要な人材を現地採用をしていくことも視野に入れています。
森山さん:県外企業が市内で新事業を立ち上げるための補助金が充実している点で、静岡市は魅力的です。それから、首都圏から近いこと。僕も静岡に来る時は一週間くらい滞在しますが、自宅から都内のオフィスに出社するのと静岡に来るのと、移動時間が変わらない。福利厚生的に考えても、静岡は海も山も川もあって、リチャージもできるので、社員も連れてきやすいです。それから実際に静岡市に来て感じたのは、日本の文化がぎゅっと集まっている土地柄ということ。マーケティング的にも有益な地域です。
大切なのは、“静岡”というフィールドで何がしたいか、何ができるかという想い

今回お話を伺った玉城さん、阿部さん、森山さんに共通している静岡の印象は、「チャレンジ精神がある」ということでした。そして、外から静岡に来る人たちと刺激し合える環境で、さまざまなイノベーションが起きる土壌が整いつつあると感じているようです。
玉城さん:静岡は新しいことを始めたいと思う人が潜在的に多いエリアだと思います。SHIP会員からのイベント利用申請でも感じましたが、オープン当初は様子見をされていた方たちも、実際にイベントが開催され始め、開所から1ヶ月ほど経つ頃にはたくさんの利用申請書を提出してくださいました。「こんなことをやりたいんですけど、どうしたらいいですか」って。その結果、今はほぼ毎日イベントを開催しています。「こういうことができるんだ」とわかると、すぐに動き出す人が多い印象です。
森山さん:同じ静岡県でも、浜松市はやらまいか精神でどんどんやる、静岡市は様子を見ながらやる。地元の人はそんな印象を持っているようですね。でも、僕のように外からの視点で見ると、チャレンジしたいと思っている人は、静岡市にも多いです。特に若い人たち。その人たちが、SHIPやコ・クリエーション施設などに集まっていて、そこに外からの人間が入って来ることで、お互いにすごく刺激を受けている。今、まさに活性化が始まった時なので、なにかが生まれるチャンスは多いと思います。
では、今、静岡に求められる人材とは、どのような人たちなのでしょうか。
阿部さん:IT人材育成に関しては県内にIT人材が不足しているという課題感もあり、大学の先生とも連携してプログラムを実施し、人材育成に励んでいます。ただ、どんな人に静岡に来てほしいかはテーマによって異なります。IT企業に来てもらい県内企業のDXを推進してもらうこともありがたいのですが、欲を言えば、SHIP会員も共に成長できるような機会の創出も期待しています。その点からも静岡の産業や経済をともに盛り上げていきたいという方はウェルカムです。
森山さん:僕も、静岡の人たちにマッチするのは、単発ではなくて、長めの時間軸で何かをしたい人じゃないかなと思います。移住とまではいかなくても、しっかり根を張って活動していくことが、絶対にお互いのためにはいいと実感しています。
玉城さん:23年12月にはSHIPにスタートアップワンストップ相談窓口を開設しました。静岡のフィールドを使って、静岡の人となにかに挑戦してみたい方や、静岡が好きで一緒に静岡を盛り上げていきたいという方には、ぜひ一度SHIPに足を運んでいただけたらと思います。
オンラインとオフラインの、それぞれのいいとこ取りで、課題解決に向けた仲間づくりを

最後に、静岡県のいいところや、課題とその解決に向けた取り組みのヒントを教えてもらいました。
阿部さん:僕は、ウイークデイは静岡市で働いて、週末は東京に帰ります。静岡がどんなところかという情報がなにもない、フラットな状態で来ていますが、いい意味で人の距離が近いと思いましたね。だからすぐに打ち解けられる。一方で残念に思うのは、優れたものがあるのに、それを地元の人が知らないことです。例えば焼酎を緑茶で割った静岡割りとか、こんなにおいしいのに、みんな普通だと思っている(笑)。静岡県の優れた技術や人材、モノをどうプロデュースするかは課題ですね。でもバイタリティのある方が多いので、地域のみなさんこそがキーパーソンになって、前進できると思っています。
森山さん:確かに、静岡のいいもの、いいことの周知は課題です。だからこそ、ITとは縁がないように思える農家さんとかもSHIPを活用して、支援してもらえそうな人と繫いでもらったらいいと思います。とはいえ、収穫作業など人が集まることでコミュニティが生まれているので、そうした繋がりを壊してまでDXを推進するのは違うんじゃないかと考えています。人に寄り添うためのDXの加速のお手伝いをしつつ、目的と手段が入れ替わりそうなら、それは違うよと指摘をしながら、地元の人たちに伴走していきたいです。
玉城さん:森山さんの意見に、私も賛成です。イノベーションやDXだからとITを導入すれば終わりではないと声を大にして言いたい!SHIPでも、意外とアナログなことをやっていて、それが入口にある会員カードです。ポラロイドで撮った写真に名前を手書きした会員カードを作ってあって、施設利用中の人は入口に掲示します。これは、今誰がSHIPにいるかわかるようなシステムが欲しいという声に応えたものです。会員アプリはすでにあるので、アプリ切り替えとなると運営側も利用者も負担が大きいですし、アナログだからこそ生まれるコミュニケーションもある。“これでいいんだDX“みたいな実証実験ですよ(笑)。こうした“オンラインの考えとオフラインの考え”に気づいてもらうその先に、イノベーションが生まれるのです。
東京の企業で働き、静岡に接点を持った玉城さん、阿部さん、森山さん。SHIPでの今の動きを伺っていると、静岡というフィールドと、ここで活動している人たちには可能性が満ちていると感じます。SHIP発のイノベーションに、これからも注目です。
SHIPで働く玉城さん、阿部さんに聞きました!
① 静岡県の好きなグルメは?
玉城さん:SHIP近くの呉服町商店街にある小山園のお茶です。静岡のお茶はやはりおいしいです。静岡市内のお茶屋さんには、店頭でマイボトルにお茶を淹れて販売してくれる給茶スポットがあって、小山園もその一軒です。夏にSHIPで出している冷茶も、小山園のお茶ですよ。
阿部さん:『バリ勝男クン。』。マグロやカツオの水揚げで有名な焼津の会社が販売している、香ばしいかつお節チップスです。バリバリした食感で、おやつにも、お酒のおつまみにもピッタリです。
② 静岡県でおすすめor 行ってみたい場所は?
玉城さん:おすすめは久能山東照宮と、その周辺のいちご狩り。これから行ってみたいのは、丸子宿です。とろろ汁の老舗丁子屋で食事をして、匠宿での伝統工芸の体験をしてみたいです。
阿部さん:最近サウナにはまり始めているので、やはり聖地のサウナしきじには行かなくてはと思っています。あとは、ランチを買いがてら街中を散歩しますが、静岡の商店街は賑やかで楽しいです。
③ オフタイムの過ごし方は?
玉城さん:浅間通り商店街や、街中の商店街を散策します。毎週のようにマルシェやフリーマーケットが開催されるし、なにかしらイベントがあるので、楽しいです。
阿部さん:休日は完全にOFFで、何もしない、をする。あとは、家で猫と一緒にまったり過ごします。
静岡県サテライトオフィス情報発信ライター・竹内友美(たけうちともみ)
SHIPコミュニティマネージャーの玉城さんは、静岡県民はチャレンジ精神に富んだ人の裾野が広く、やってみようと乗ってきてくれる好奇心旺盛な人も多い印象だと言います。ITやデジタルに縁のない人こそSHIPを活用して、自由な発想でイノベーションの芽を育ててほしいですね。
【竹内友美プロフィール】