地域をつくり、守る人たちとのつながりを大切にして、浜松市の中山間地域での起業をサポート《前編》
静岡県浜松市は、基礎自治体として全国2位、政令指定都市で全国1位の面積を有しています。その北部に位置する天竜区は、天竜美林と呼ばれる豊かな森林が広がるエリアです。区の中心地・二俣地区に拠点を置く天竜トライアルオフィスは、浜松市街地と中山間地域、また、大都市と地方都市を結びつける拠点として機能するとともに、天竜の魅力を発信しながら、エリアづくりに参加してくれる事業者の起業やサテライトオフィス開設等のサポートをしています。事業運営に携わっている山ノ舎代表・中谷明史さんとビジネスコーディネーター・圡田哲也さんに、中山間地域の魅力や事業の可能性について伺いました。
山ノ舎(やまのいえ) 代表 中谷 明史(なかたに あきひと)さん

浜松市東区生まれ。中学校入学時から天竜区で暮らす。静岡県立浜名高校卒業後、進学のため上京、大学で醸造学を学ぶ。大学卒業後はバー勤務を経て東京R不動産に就職。2015年、天竜区二俣地区へ戻り、飲食店「kissa&dining山ノ舎」をオープンし、併せて「天竜トライアルオフィス」の運営に携わる。以来、地域の活性化や課題解決に尽力している。
ビジネスコーディネーター 圡田 哲也(つちだ てつや)さん

磐田市出身。工業デザイナーとして民間企業に勤務した後、青年海外協力隊の村落開発普及員として活動する。帰国後、地域おこし協力隊として浜松市天竜区に移住。2018年12月、「天竜デザイン事務所」を開業。2020年以降、中谷氏とともに天竜トライアルオフィス事業に携わっている。

【施設概要】
天竜トライアルオフィス
https://tenryu-trialoffice.info
静岡県浜松市天竜区二俣町二俣1283-1
2020年に浜松市が開設し、「山ノ舎」が運営を受託している地域密着型のコワーキングオフィス。「kissa&dining山ノ舎」の2階に設けられ、ワークスペースとしてだけでなく、人々の交流やビジネス創出につながる開かれた出会いの場を提供している。また、浜松市が他地域で運営する「はままつトライアルオフィス」、「舞阪サテライトオフィス」と連携しながら、スタートアップ誘致や創業の支援も行う。
ここで何をしたいのか、何ができるのか。丁寧なヒアリングから始める事業サポート
中谷さんは、出身地の天竜区で2015年に「kissa&dining山ノ舎」をオープン。
天竜区に移住し、浜松市中山間地移住コーディネーターをしていた圡田さんは、中谷さんとともに天竜トライアルオフィスを運営、ビジネスコーディネーターとして、事業所開設を検討する人たちの相談にあたっています。
中谷さんと圡田さんが出会ったのは2016年のこと。山ノ舎が飲食店を営みながら、地域交流の場として、店舗の2階にシェアスペース「ニカイ」をオープンした頃でした。当時、浜松市のトライアルオフィス事業の一環で中山間地域にトライアルオフィスを立ち上げるという話が持ち上がり、ふたりは、地元の人たちとタッグを組み、共に天竜区を舞台にイノベーションを起こしていく人々の拠点となる施設を作っていきたいと、天竜トライアルオフィスの運営に携わることになりました。
現在、天竜トライアルオフィスへの登録は、県・市外の事業者が2割、市内の事業者が8割ほど。起業が初めての人、事業計画ができている人、天竜区の資源を活用して事業を行いたい人など、それぞれの段階や目的に応じたきめ細かいサポートを行っています
中谷さん: それぞれの事業者さんによって、本当にケースバイケースの対応です。例えば、廃校を活用した新規事業を始めたいといった場合には、浜松市の担当者を紹介します。あるいは天竜区は良質な木材の産地なので、木材を活用したい事業者さんならば、山主さんや材木屋さんを紹介します。
まずは、ビジネスコーディネーターの圡田くんのヒアリングからスタートします。
圡田さん: 顔を見て話さないとわからないことって結構多いんですよ。だから、具体的に計画を進める前に、必ず対面で話を聞くようにしています。
起業相談でしたら起業するのが初めてか、会社勤めの経験があれば何をやっていたのか、あと資金計画や事業計画がどうなっているかも、深堀りしていきます。
起業の知識や経験が不足していれば、浜松市天竜商工会の創業スクールや浜松市のはままつ起業家カフェを案内。資金計画の相談に対しては、地元の金融機関の融資担当者に話を聞いてもらう。具体的な事業計画ができていれば、地元の物件の所有者や商店街の会長、商工会を紹介するといった具合で、それぞれの事業者の準備段階に応じて必要なサポートをしています。

企業の誘致や開業のサポート以外にも、市内外からの事業者と浜松の企業をつなぐ、また浜松市内や市街地の企業と天竜の事業者や人をつなぐことも重要な仕事。
最近の事例では、二俣エリアで何かしらの新しいモビリティサービスを検討していくために、浜松市に本社がある自動車メーカーのスズキ株式会社と協力して、地元の人たちとの意見交換を行うイベントを開催しました。天竜区を新しい事業が生まれる場所として機能させることも、大切なテーマと捉えています。
中谷さんと圡田さんは、得意分野のスキルを発揮した役割分担がなされているようです。浜松市天竜区出身の中谷さんは、天竜区がどんな特徴をもったエリアで現状はどうなっているかを外部に対して発信しています。
中谷さん: それと、一緒に地域を盛り上げてくれるプレイヤー(事業者)のスカウトが主な担当です。
一方、圡田さんは自身の移住や浜松市の移住コーディネーターの経験を活かして、天竜区で起業をしたい、事業所を移転したいと希望する人に対して、生活面まで含めた、体験に基づくリアルなアドバイスをしています。
圡田さん: 同じ浜松市内でも、中山間地域での起業、創業には、街中よりも見えない条件が多くあります。そこを、地域の方と摩擦なくつなげていくことが僕の今の役割だと感じています。
日本が抱える問題が顕在化しているからこそ、最先端のビジネスが生まれるチャンスがある

天竜区の玄関口であり中心地の二俣地区は、JR浜松駅から25km、新東名高速道路の最寄りICから5kmという地域です。決してアクセスが良いとは言えないこの地域で事業を行うメリットは「空白」によるチャレンジのしやすさ。「空白」とは、広い土地や空き物件があるということです。
中谷さん: 特に若い人たちにとって、都市部では物件にかかる費用や事業の収益性の点で、新しいことになかなかチャレンジできない状況が生まれます。でも「空白」のあるエリアならスタートしやすい。しかも、地域の人が、新しい事業や店舗を歓迎してくれます。これはこの天竜区で事業を始めるメリットのひとつですね。
もうひとつ、天竜区は全国20の政令市の中で、一番高齢化率が高い地域であるということ。少子高齢化、人口減少問題は、これから全国の地方が抱えうる問題です。それが、ここではすでに顕在化し始め、課題も見え始めています。「課題先進エリア」であるがゆえに、ビジネスチャンスが生まれやすいということです。
圡田さん: 空き家が増える。地域のコミュニティがうまく回らない。お祭りや消防団の人員が確保できない。山が荒れる。ここで今起きている現象を最先端の課題と捉えれば、天竜発の課題解決スキームを組み立てられるんです。
中谷さん: 現代では、課題解決もビジネスの重要な役割です。そういう意味ではビジネスチャンスがゴロゴロ転がっている地域なんですよ。
とはいえ、中山間地域には、どうしても交通の便や生活環境の心配があります。中谷さんは、中心地からさらに車で30分ほど離れた山里の集落に住んでいます。
中谷さん: 集落には保育施設がなく、現状では、子育て世代を呼び込むのは難しい。でも、視点を変えれば、子育て中の方たちを支援する事業者さんにとってはビジネスチャンスがあるということです。
また、ふたりが口を揃えて言うのは、自治会への加入、消防団や各種会合への積極的な参加などを通じて、地域と関係性を築き融合することの大切さです。Uターンや移住の先輩としての体験が、心強いアドバイスに結びついています。
中谷さん: 都市部での事業では、基本的に商売のルール、市場原理が一番になると思うんです。しかし、中山間地域では、信頼や信用の担保がなによりも大切。どんな知見やスキルを持っていたとしても、地元の人たちと親和性を持って活動できなければ、エリアの中で事業を続けていくのは難しいです。
圡田さんは、事業者の段階によってサポート内容が変わるように、有効なアドバイスも一概にはできないと言います。それでも、一番大切なことは、顔と名前を覚えてもらうために、地元の集まりや地域の会合にはきちんと出席すること。そして、なるべく、地域の人からのお願い事や提案は断らない方がいいと助言します。
圡田さん: 僕は、浜松市の地域おこし協力隊のマネージャーでもあるのですが、隊員からも同じ質問がくるんです。「どうしたら地域にとけ込めるか、地元の理解を得られるか」って。若い人だったら、地元の消防団やお祭りに参加してもらったり、地域の人と一緒にできる仕事を紹介することもあります。
それから、今は地域と協調性が取れて仲良くやってくれる事業者が必要だと思っています。
お願い事や提案を断らないっていうのは、地元の人が『こういうことできますか』って言うのには、『こういう仕事を一緒にやってくれるかね?』っていう気持ちがあったりするからです。恥ずかしがり屋が多いので、そういう表現になるんです。その時には、自分たちができることをしっかり説明して、協力してあげてほしいなと思います。
よそから来た若い人でも、ちゃんと地元になじんで、自治会にも入って、自分たちと一緒に地域のために活動をしてくれるとわかれば、今後も空き家などの物件を積極的に紹介してくれるでしょう。僕たちの見えないところでも、地元の人がサポートしてくれるはずです。
《後編に続きます》