▲開放感のある作りが印象的な、「=ODEN」のエントランス
▲開放感のある作りが印象的な、「=ODEN」のエントランス

静岡県のインフラ、まちづくりを担う静岡鉄道株式会社(以下、静鉄)。同社は2020年9月に新しい交流拠点として、コワーキングスペース/シェアオフィス『=ODEN(イコール・オデン)』を開館しました。同館で館長を務めるのは、鉄道事業やまちづくりプレーヤーを陰ながら支える石川貴之さん。静鉄で多種多様なセクションを渡り歩き、社内及び社外の人と人をつなぎ、新たな関係を生み出すことに精を出しています。
『=ODEN』で、石川さんはどんなことを意識しながら日々の運営をし、人をつないでいるのか。その秘けつを教えてもらいました。

<施設概要>
静岡市「静鉄のコワーキングスペース/シェアオフィス「=ODEN」」
https://oden.shizutetsu.net/

〒420-0839 静岡県静岡市葵区鷹匠2丁目8-10
新静岡駅から徒歩約3分
JR東海道本線、東海道新幹線 静岡駅から徒歩約10分

<インタビュー対象者紹介>
静岡市「静鉄のコワーキングスペース/シェアオフィス「=ODEN」」
館長 石川 貴之さん
静鉄に入社後、沿線活性化のための不動産物件開発とイベント企画を担当。これまでにマーケティング・新規事業開発・経営企画・観光バス事業・カード事業・広告代理店総務・静岡市経済局(出向)などを経験。 業務での出会い以外にも、地域交流や学びの場所での交流を積極的に行うことを好み、静岡県中部を中心に、色々な事業者とのつながりを作ってきた。人の話を聞くのが好き。館長のポジションには2022年12月に着任する。

(インタビュー対象者の情報は2024年3月31日時点のものです。)

駅前立地を生かした、来街者にも優しい施設

――静鉄のコワーキングスペース/シェアオフィス『=ODEN』の施設について教えてください。
石川さん:『=ODEN』は、静岡鉄道「新静岡」駅から徒歩3分ほどという好立地にできたコワーキングスペース兼シェアオフィスです。JR東海道本線「静岡」駅からも徒歩10分ほどと2つの駅が近くにあるという点がメリットです。「テレワークスペースとして利用したい」首都圏に本社がある企業様が「サテライトフィスとして使いたい」という需要がありご利用いただいています。施設内は、1階がオープンな仕様になっているフリーデスク、2階が個別で集中して作業ができるボックス席で構成されています。

――『=ODEN』にはコミュニティマネージャーさんがいるそうですね。
石川さん:はい。コミュニティマネージャーが常駐しています。実はコミュニティマネージャーをはじめとしたスタッフは全員が静鉄の社員なんです。

――静鉄の社員さんとは意外です。これまでの仕事とは全く畑が異なりますよね。
石川さん:そうですよね。不思議に見えるかもしれないですけど、私は人が好きなのでこの仕事を楽しんでやっていますよ。これまでまちづくりや地域づくりの場で多くの人と関わってきました。ここでも人と関わることを大切にしていて、場所が変わっただけのことで、大きく異なるものだとは思っていないです。

▲ビルの1階と2階部分に入居する「=ODEN」
▲ビルの1階と2階部分に入居する「=ODEN」

――施設にはどんな利用プランがありますか。

石川さん:通常プラン・法人プラン・施設利用プラン(イベント貸切)と3種類あります。会員数は35件(法人・個人併せて)で、1階のフリーデスクは22社、2階のブースは13社の皆さまに入居していただいています。施設利用プランとしてはイベントやセミナー、ワークショップの会場としてもご利用いただいていますね。

▲1階の中央部にあるキッチン。会員同士、会員とスタッフの気軽な会話が生まれる場となっています
▲1階の中央部にあるキッチン。会員同士、会員とスタッフの気軽な会話が生まれる場となっています

――会員の構成はいかがですか?
石川さん:個人事業主や、ご自身で会社を経営されている方などが多く在籍していています。会社員の方も在籍されていてコワーキング利用をされていますよ。このようにあらゆる形態で仕事をしている方がいますし、会員さんのビジネスの規模の大小だけで区切ることなく、お互いのことをつないで新たな価値を生み出したいですよね。

――具体的にはどのようなことを想像されていますか。

石川さん:例えば会社員の会員の方ならば、明るい雰囲気で働ける場であることや社外の方とのフラットなコミュニケーションに価値を感じて欲しいですし、個人事業主や企業経営者の方であれば、『=ODEN』に入会し、アイデアや人脈が拡張されていく過程を実感してほしいなと思っています。

▲2階にある、ブース仕様のワーキングスペース。集中して仕事ができます。
▲2階にある、ブース仕様のワーキングスペース。集中して仕事ができます。

相手の顔と気配を感じたい。求められるのは、付かず離れずのゆるやかな関係

――『=ODEN』は会社員の会員さんが多いということに驚きます。
石川さん:コロナ禍をきっかけに、ワークスペースを求めている人が増えたことも影響していると思います。個人事業主の方や企業経営者の方もいらっしゃいますが、会社員の方も在宅での仕事が徐々に増え、息苦しく感じているのかもしれません。
『=ODEN』の主なニーズはもちろんワークスペースとしての利用ですが、次いで誰かとコミュニケーションをしたい、コミュニティへの帰属意識を持ちたいといった声も届いています。

――みなさん、どこか人とつながりたい思いがあるのですね。

石川さん:もちろん無理に誰かとつながる必要はないのです。ですが、何か面白い交流や、ここにきたら顔を合わせて声を掛け合える関係ができたらいいな、くらいの気軽なテンションですね。そういうオープンマインドを持っている人が会員さんには多いです。もちろん私たち施設スタッフも、こうしたオープンマインドな会員さんに元気をもらっています。

▲キッチンで、会員同士が料理を作りながら交流し、仲を深める姿も。
▲キッチンで、会員同士が料理を作りながら交流し、仲を深める姿も。

――緩やかで柔らかな関係ですね。

石川さん:そうですね。会員さん同士のなかでゆるやかに関係構築されていくと、会員さんが企画したトークイベントや交流イベントなども開催されるようになるんです。こういうイベントは増えていくと楽しいですね。私たち施設スタッフも、『=ODEN』に入居している人にほどよく声をかけ交流を促し、どんどん新しいイベントやビジネスを生んでほしいなと願っています。

自分の特技は何かを生み出すことではなく、誰かに寄り添うこと

――『=ODEN』に着任した石川さん、これまではどんな経験をされてきたのですか。

石川さん:私、昔から人が好きだったんですよね。そして、学生時代から漠然とまちづくりがしたい、貢献してみたいという思いが強かったんです。人のために、街のためにできることは何か。そう考えてたどり着いたのが静鉄でした。ご縁があり大学卒業後に入社し、貸切バスの営業、マーケティング、広告代理店の総務(経営管理、スポーツ施設の総務)、ハウスカードの担当もしています。その後、静岡市経済局に出向し、商店街活性を担当し、任期満了後はCSV推進室に着任します。最後に経営企画部門を経験してから『=ODEN』に辿り着きました。

▲『=ODEN』館長の石川貴之さん。
▲『=ODEN』館長の石川貴之さん。

――グループ会社や官公庁への出向を含めて、あらゆる職務を経験されてきたのですね。
石川さん:そうなんです。現職で16年目になります。おっしゃる通り、色んな領域での仕事を経験してきました。これまでの経験が施設運営に大きく活かされている実感があります。
企業の仕事をしながら、自分も憧れを抱いていたまちづくりのプレーヤーになりたいと、社外にも目を向けるようになります。静岡市のまちづくり講座を受講したり、中部圏のまちづくりをしている人と出会うイベントに足を伸ばしたり、ビジネスコミュニティにも参加していました。

2〜3年ほどこうした活動をしていたのですが、自分はまちづくりのリーダーシップをとっていく人に向いてないと感じるようになりました。まちづくりを実践するプレーヤーの人と話せば話すほど、彼らの「まちづくりそのもの」に対する思いに圧倒されて、「自分はそこまでのめり込めない」という感覚をもちまして。
――主役が自分ではない、ということでしょうか。

石川さん:そうですね。だったら“自分ができることってなんだろう”と考えた時に、人の話を聞くことが好きだと感じたのです。自分がプレーヤーになるのではなく、プレーヤーとして活動している「人」に興味が湧いていっていたことにも気づきました。
プレーヤーのフォロワーシップという点であれば、自分も力になれると確信し、誰かの話を聞き、アイデアの壁打ち相手になることを続けてきています。このことは今の『=ODEN』での仕事に通じていますね。目の前にいる人の視界を開くつもりで日々相手と話をしています。

これからの『=ODEN』のあり方を考える

――会員の方とはどんな点に重きを置いて接していますか。
石川さん:フォロワーとして気をつけていることは、まずは人と人を出会わせ、顔をつなぐことです。意図的にマッチングしようと変にかたより過ぎず、まずは顔を合わせて知り合うように誘導、そして会話をしていただけるようにさりげなくサポートしています。施設内で「あの人は誰だろう?」という状態を生み出さないようにすることが大切ですね。

▲1階のワークスペース。明るいカラーのファニチャーと光の差し込む空間に心がはずみます。
▲1階のワークスペース。明るいカラーのファニチャーと光の差し込む空間に心がはずみます。

――押し付けすぎずに、でも互いが交流できるように図るということですね。
石川さん:そうですね。一方で顔をつなぐことはしますが、施設内で派閥や小コミュニティを生み出さないように、内向的なコミュニティを生み出さないように心がけています。外とつながりたがらない集団の輪ができてしまうと、疎外感を覚える人が出てきてしまうからです。誰もが居心地良く過ごせるようにするには、つかず離れずの知っている距離感が一番大切ですから。

――初めて入居し、不安に感じている人にとってはこうした配慮はありがたいですね。

石川さん:居心地の良い場所を維持するためにも、業務のつながりを通じて出会った人に「ぜひうちに入居しませんか」と声をかけていますね。
こうした「声かけ」をした人は、入居者に素敵な化学反応を生み出すだろうという自分の予感と嗅覚があるからです。

▲定期的にイベント、勉強会、交流会を開催し、会員や会員外の人たちとの交流を促進します。
▲定期的にイベント、勉強会、交流会を開催し、会員や会員外の人たちとの交流を促進します。

――その予感と嗅覚は、石川さんに何か過去の経験があってのことなのでしょうか。

石川さん:これまで私が社外の場で出会った人は、社会課題に対する解決の意欲が高い人、何かを生み出したい人たちが多かったです。ここは、会社や組織とは関係ない場、フラットな場です。これまで出会ってきた人たちのように、ここに入居されている方たちも、「誰かと出会いたい」「何かを生み出したい」そういう思いがあるから入居してきているのかもしれません。そういった部分で共通点を感じます。

――今後『=ODEN』は入居者や静岡でビジネスを考える人たちとどう向き合っていくのでしょうか。

石川さん:私が常々感じているのは、静岡という地方都市で、ビジネスを立ち上げることの難しさです。都心と比較してしまうと、どうしても規模感や市場、ビジネスを立ち上げたいという人の数や集まりが少ない。学生さんや企業の方も「何かをしたい、やりたいけどどうしたらいいのか」と、もやもやしている人も多いです。このような人たちには、私たちのような施設はもっとお役に立てることがあるのではないかと考えています。まだまだ始まったばかり、これからさらに施設として「どんな価値」が生み出せるのか。入居者の方や、施設外の街の人の声を聞きながら、可能性を見つけたいですね。

石川さんに聞きました!
① 静岡県の好きなグルメは?
ベタですが、緑茶です。毎日、淹れてごくごく飲んでいます。
② 静岡県でおすすめor 行ってみたい場所は?
これまたベタですが、富士山です。登るたびに「富士山は眺めるものだ」と思うのですが、なんだかんだで4年おきくらいで登っています。
③ オフタイムの過ごし方は?
華やかでなくて申し訳ないのですが、読書です。そして、家でごろごろしながら読んでます。夕方から「これではいけない」と思い、近所に出かける、という生産性の無い時間を楽しんでいます。


<ライター名>
永見 薫(ながみ かおる)
堅実な事業をされている折り目正しい印象がある会社とは裏腹に、柔軟でフットワークの軽い静岡鉄道さん。このような地域ハブとなる場所があることは、地元で事業を始めようとしている人にとっても嬉しいことでしょう。人が好きで好奇心が旺盛な石川さんがいらっしゃるからこそ、柔らかく緩やかな人のつながりが生まれているのだろうなと感じました。