地域の人と場をつなぐハブとなる「藤枝江﨑新聞店」が街の居場所づくりにチャレンジする理由

静岡県藤枝市で約90年前から続く超老舗新聞店「藤枝江﨑新聞店」。藤枝のあらゆる人・コト・モノをつなぐコミュニケーターでもあります。そんな藤枝江﨑新聞店は、次世代を担う事業者をつなぎ、新たなイノベーションを生み出すべく、2021年・22年と藤枝市内に2ヶ所のコワーキングスペース「え〜らBASE」「藤枝駅前コワーキングスペース未来共創ラボフジキチ」を開設しました。なぜ今新聞店がこのような取組をしたのか。そこには街の未来を思う、地域のいち企業としての思いが込められていました。
藤枝市「え〜らBASE」 「藤枝駅前コワーキングスペース未来共創ラボフジキチ」 コミュニティマネージャー 江﨑暁音 さん
静岡県藤枝市出身。大学入学時に故郷を離れて上京したが、「え〜らBASE」「藤枝駅前コワーキングスペース未来共創ラボフジキチ」のオープンに合わせて2022年4月に藤枝市へ帰郷。現在はコミュニティマネージャーとして、人と人をつなぐことで地域に貢献をするべく奮闘中。
<施設概要>
藤枝市「藤枝駅前コワーキングスペース未来共創ラボフジキチ」
https://fujikichi.net/
藤枝市「え〜らBASE」
老舗「新聞店」が新たな交流スポットを開設
――新聞店が、なぜコワーキングスペースの運営をはじめたのでしょうか?
私たちは藤枝の地で創業して86年になります。当時娯楽に飢えていた市民のニーズに応えるべく、芝居小屋と新聞店を創業しました。たしかに新聞店という名前ではあるのですが、新聞事業以外にも出版事業やカルチャーセンターの運営などにも取り組んできました。地域密着を大切にしており、新聞やメディアを通して、人に密着し、人をつなぐことを包括的に行うというイメージを持ちながら日々活動をしています。
――カルチャーセンターはまさに地域密着の取組ですね。いつごろから運営しているのでしょうか。
カルチャーセンターは私の母の経験を踏まえ、25年前に運営を開始しました。当時私の母は子育ての真っ最中でした。自身も含め、街で子育てする人たちがリアルに交流するスポットがないことを憂慮し、こうした人々が交流できる場所が必要だと考えて開設したそうです。その後20年以上の時を経て、単なるスペース貸しではない新たな交流拠点としてコワーキングスペースを開設しました。
――カルチャーセンターとは目的が違うようですね。
コワーキングスペースは、ビジネスを起点とした交流が目的になりますね。
カルチャーセンターは、以前から運営していましたが、さらに市民の学びたいという気持ちを実現させる場が必要だと考え始めました。地域発展のためには、異業種交流や首都圏企業のノウハウが必要で、新たなビジネスが生まれる拠点が必要だと考え、コワーキングスペースを創設しました。
――江﨑さんはコワーキングスペースに在籍し、コミュニティマネージャーをされています。いつから就任されたのですか?
実は開設時にコミュニティマネージャーに就任するべく、Uターンしてきたのです。それまでは都内の企業に勤めていました。
大学入学のタイミングで上京しましたが、心のどこかでいつかは住み慣れた街に戻り地域貢献したいと思っていたのです。
思いが募っていたタイミングで、実家である当社がコワーキングスペースの新規オープンを検討していることを耳にしました。その時、「これはチャンスだ」と思いました。
コワーキングスペースについてあまり詳しくはなかったのですが、人と人をつなぐことで地域に何か貢献ができるかもしれないと感じました。そして自分は「何のために」「誰のために」貢献できるのだろうかとしっかり考えた上で、2022年の4月に帰郷しました。

――新しい場所をオープンするのは場所探しや資金の確保など大変ではなかったですか。
お付き合いのある地元企業や個人事業主、行政など多くの方々から知恵の面で助けを得たので、想像よりは負荷が少なかったと思います。
資金の面では、藤枝市の「イノベーション拠点整備支援事業補助金の事業者選定プロポーザル」へ応募し、採択されたことによって施設の開設へと取り組んでいけました。とても助かりましたね。
藤枝市のイノベーション拠点整備支援事業補助金の事業者選定プロポーザルへの応募をきっかけに、2022年に「藤枝駅前コワーキングスペース未来共創ラボ フジキチ」をオープン。徒歩3分にある自社ビル内のコワーキングスペース「え~らBASE」をサテライト拠点として活用してます。
コワーキングスペースは、じっくり集中型とワイワイ交流型の2つのタイプがそろう
――現在運営をされている2つの施設について詳しく教えてください。
2つの施設はJR東海道本線「藤枝駅」北口からそれぞれ徒歩1分、5分という好立地にあります。
2つのプランがあり、一時的に利用する方向けのドロップインプランと、月額会員のプランとなっています。月額会員は、フリーアドレスプラン、シェアオフィスプランと2つありますが、お陰さまでシェアオフィスは満室になっています。
「え〜らBASE」と「フジキチ」はそれぞれ特色が異なります。大切な会議や、集中して仕事したい場合は静かな環境の「え〜らBASE」がおすすめ。BtoC向けのセミナーにも適しています。
一方「フジキチ」は、コミュニティスペースのような特有のにぎやかな雰囲気に包まれています。人の往来が多く、常にオープンな雰囲気で雑談、ミーティングが行われているため活気がありますね。例えばアイデアに煮詰まった際に誰かとブラッシュアップしたり、アイデアの発散ワークをしたりするときには「フジキチ」で過ごすことがおすすめです。

――たくさんの人が往来すると意見も活発に飛び交いそうです。どんな業種の方が過ごしているのですか?
会員の方は、IT関係、ウェブ事業に携わる方が多いですね。また士業、医師、保険会社さんなどもいらっしゃいます。
開設当初は、地域密着の事業者の方が訪れてくれることが多かったのですが、コロナ禍をきっかけにその様子が一変しました。
――どんなふうに変わったのでしょうか?
テレワークをする首都圏企業に勤める方が増えました。また、それまで会社員だった人が個人事業主として独立し、コワーキングスペースの会員になるというケースも増えたのです。これには驚きましたね。
コワーキングスペースを運営し始めると、若い世代の方に会うことが増えたことも驚きでした。「え!こんなに藤枝の街に若者っていたの!」と……。聞けば、それまで個人事業主の方々は、自宅やカフェで仕事していた人が多かったようなのです。コロナ禍をきっかけに働く場所や働き方が変化をしていた中で、わたしたちが新たな拠点を開設したことで、今まで見えていなかった街の人たちの行動や、スキルを持った人たちの存在が顕在化されたのが良かったと思っています。
――集まってきた会員に対して、江﨑さんはコミュニティマネージャーとしてどんなサポートをしているのでしょうか。
コミュニティスペースで共に時間を過ごす人、交流する人たちが積極的に会話をし、何か新しい取り組みや事業につながるような行動に踏み出せるように、さりげなくコミュニケーションをとることが私たちの役割です。
まず会員がコワーキングスペースに入居する際に、必ず30分ほどの面談を実施します。そこで会員の人となりを知り、関係を深めるようにしています。その後もコワーキングスペースに来られた際には、私から声がけするように心がけています。

――コワーキングスペースの中で交流できるブースがあるのですか?
訪れる人が交流しやすいように施設の中央部にマグネットスペース(雑談スペースやお茶スペース)を設けています。私はあえてその場所で仕事をしており、いろんな方々から声をかけてもらえるような雰囲気を作っています。
例えば「最近こんな面白いことがあってね」「家族とケンカになって……」などといったプライベートな話をしながら、「そういえばさ」と段々と仕事の話に広がるようになっていくことも。私は、皆さんが心の底の本音が出せるように、彼らが話してくれることを待つようにしています。あくまで自然体であることを心がけていますね。
イノベーションプラットフォームとして進化していく
――会話をすることは大切ですよね。とはいえ交流することだけにとどまらないのではないでしょうか。
もちろん、交流するだけの場所ではありません。「フジキチ」は単なるワークスペース、会話のスペースではなく、「会話や交流をすること」で、新たなアイデアや思考を生み出す、いわばイノベーションを生み出すスペースと言えます。
そのために会員である、個人事業主や事業者の方々には、ぜひ新たな情報や知識をインプットする機会を提供できたらいいなと考えております。現在スペース内ではこうしたインプットを目的としたイベントを毎月3〜4講座開催しています。
――具体的にはどのような講座ですか。
ビジネス向けの講座が中心ですね。例えばデザインの作り方や、アナウンサーによる話し方講座などといった実践講座もあれば、時には経験者に学ぶ起業体験講座なども開催します。

――体験講座はいいですね。多くの人が知りたい情報なのではないでしょうか。
とても人気がありますね。これまでは地域で活躍されている人を講師として招いて講座を開いていましたが、最近はコワーキングスペースの会員がプレゼンターとして経験談を語ってくださることも増えてきています。スキルシェアの輪が広がっていると感じますね。直近開催した講座で人気があったのは「サウナビジネス」をテーマに人生ストーリーを語っていただく講座でしたが、今注目のビジネスだからか参加者の関心度がピカイチに高かったです。
藤枝の街を揺るがすほどの、化学反応を生み出したい
――シェアスペースはインプット以外にも会員同士の交流が要です。江﨑さんは地域の人をつなぐ時にどんなことを意識していますか。
人と人をつなぐためには、それぞれの個性や関心をしっかり把握することが大切。誰が何を得意としていて、どんなことをしたいか、ということを常にコミュニケーション上からキャッチするように努めていますね。まずは会員さん同士をマッチングすることに力を注いでいます。
こうした中で、マッチングしたもの同士が力を合わせて事業を生み出したこともありました。
――例えばどんな事業を生み出したのですか?
地域の名産を生み出す取り組みとしてクラフトビール作りを始めた人たちがいらっしゃいます。ビール作りを行う人と、パッケージのデザインを担当するフリーランスのデザイナーさんをマッチングしました。また最近では、地域の企業とフリーランスWebデザイナーやイラストレーターがマッチングし、企業のホームページやチラシなどの制作物の面で協業を始めています。
――それは素敵なかけ合わせですね!こうしたつながりを今後どう増やしていきたいと思っていますか?
実は今まで知らなかった街の人たちを発見し、思いもよらないつながりを生み出すために23年3月から仕掛け作りを始めました。「フジキチ88プロジェクト」という毎月8日に開催しているトークイベントです。回を重ねるごとに参加者が増えています。
毎月イベントには藤枝にまつわる4人の方に登壇してもらいます。彼らがこの街でやりたいことをイベント上で発表し、みんなで実装していこうよ、とオーディエンスにアピールする、いわば公開プレゼンテーションのような仕組みです。その発表内容をもとに、ワールドカフェ式で登壇者と参加者が交流しながらアイデアワークをしていきます。イメージとしては簡単なアイデアソンのようなものです。
アイデア内容が実現できたらもちろん嬉しいですが、なによりイベントに登壇、オーディエンスとして参加することで新たな出会いを得て藤枝の街の面白さを認識してほしいというのが一番の願いです。
私たちはこれからも「地域密着」を大切にし、街の人たちが出会い化学反応を起こす仕掛けを作っていきたいですね。そして「この街で暮らし仕事を営みたい」と思える人たちが少しでも増えていくことを願っています。
地域のキーパーソン・江﨑さんに聞きました!
――静岡県の好きなグルメは?
朝ラーメンです。つるりとした喉ごしの麺とさっぱりとしたスープの中華そばは、朝から美味しく食べることができます。藤枝では朝ラーメンのお店が増えてきているので、制覇したいなと思っています。
――静岡県でおすすめor 行ってみたい場所は?
藤枝市内にある蓮華寺公園がおすすめです。季節ごとにイベントがあり、行くたびにさまざまな楽しみがある場所です。とくに4月頃には藤の花がとても綺麗に咲くのでおすすめです。
静岡県はとても広いので、まだ行ったことのない場所も多くあります。いまは伊豆方面に行ってみたいなと思っています。
――オフタイムの過ごし方は?
ドライブに出かけることが多いです。時にはドライブ先でミニキャンプをすることもあり、コーヒーを淹れてゆっくりする時間が好きです。
静岡県サテライトオフィス情報発信ライター・永見薫(ながみかおる)
アイデアソンのような取組は、人や思考の活性化のため、そして地域の活性のためにも必要な取組です。今まで気づかなかった街の面白い人たちに光が当たり、そして新たなつながりが生まれれば、これまで以上に街はより魅力が増すように思います。「フジキチ88プロジェクト」のこれからに注目していきたいですね。
【永見 薫プロフィール】