「あじろ家守舎」の代表理事・山崎明洋さん
「あじろ家守舎」の代表理事・山崎明洋さん

少子化の問題を抱える日本において、廃校となった学校の利活用は課題の一つとして挙げられ、各地でさまざまな取り組みが進んでいます。熱海の漁師町・網代は、江戸時代には「京大阪に江戸網代」と言われ、江戸への海路の要衝としてにぎわいました。活気にあふれた港町でしたが、近年は子どもの数が減り、2021年3月には網代小学校が廃校となりました。
今回取材した「あじろ家守舎」の山崎さんは、旧網代小学校をリノベーションした交流施設「AJIRO MUSUBI」をオープンして地域活性化の取り組みをしています。「AJIRO MUSUBI」の特徴や今後の展望を伺いました。

団体概要
一般社団法人あじろ家守舎
HP https://www.facebook.com/aziroyamorrisha

・事業内容
南熱海エリアの地域活性化を目的にした活動をするために2022年1月に設立。
2024年4月に交流施設「AJIRO MUSUBI」をオープン。

・所在地
静岡県熱海市網代130-1

インタビュー対象者紹介
・代表理事 山崎 明洋(やまざき あきひろ)さん
1983年熱海生まれ。熱海・網代で生まれ育ち、大学卒業後に上京。広告関連の会社に入社。
2021年にUターンで熱海に戻り、リモートで広告の仕事を続ける。
2022年に「あじろ家守舎」を設立し、理事長に就任。

熱海・網代に新たな価値を生み出す「あじろ家守舎」とは

2023年11月に開かれた「日本大学自主創造プロジェクト・熱海キコリーズ・あじろ家守舎」の共催イベント「竹あかりの縁」の様子
2023年11月に開かれた「日本大学自主創造プロジェクト・熱海キコリーズ・あじろ家守舎」の共催イベント「竹あかりの縁」の様子

――山崎さんが代表を務めている「あじろ家守舎」について教えてください。

2021年にUターンで網代に戻ってきて、再び地元でいろいろな人と交流してつながりを作ってきました。かつてはにぎわっていた網代の干物銀座商店街が廃れてしまった光景を見て、元気な商店街にしようと仲間と共に活動を始めました。それが現在の「あじろ家守舎」の前身です。

私が卒業した網代小学校が2021年3月で廃校となってしまいました。仲間と一緒に廃校となった小学校の活用を熱海市に提案しようというタイミングで、2022年に「あじろ家守舎」を立ち上げました。

「あじろ家守舎」は、網代出身者、移住者、網代と都内との二拠点で活動している人たちなどで構成しています。私も普段は広告関連の仕事をしていますが、メンバーもそれぞれ別の仕事を持っており、さまざまな経験や得意分野のあるメンバーが集まって網代を盛り上げようと活動しています。

廃校をリノベーションして誕生した「AJIRO MUSUBI」の魅力

「AJIRO MUSUBI」のレンタルオフィススペース
「AJIRO MUSUBI」のレンタルオフィススペース

――廃校になった網代小学校を交流施設「AJIRO MUSUBI」として4月にオープンしました。どのような施設ですか。

廃校になった網代小学校の一部をリノベーションした施設です。
熱海市が内閣府の「デジタル田園都市国家構想交付金」を活用しました。2023年4月に改装工事に着手し、約1年の工事期間経て今年4月から、「あじろ家守舎」が熱海市から建物を借り受けて交流拠点「AJIRO MUSUBI」をオープンしました。

「AJIRO MUSUBI」を作るにあたって大切にしたのは、地域の人たちの交流を促進できるような場所にすることです。学校は小学生の学びの場だけでなく、お祭りや運動会など地域住民が集まる機能もありました。特に網代の良さは、人と人との結びつきの強さです。「AJIRO MUSUBI」という名称には、「結び」の思いを込めました。

さらに、網代は高齢化率が高いという課題があります。実際に若者にとって働きたいと思える場所が少なく、外に出て行ってしまう傾向があります。網代に魅力的な働く場所を作ることができれば、網代に残ったり、戻ってきたりする人も増えるのではないかと思います。「AJIRO MUSUBI」を「事業が生まれる場所=生(む)す」にしたいという思いも込められています。

――具体的にはどのような機能がある施設でしょうか。

旧網代小学校舎と隣接する旧幼稚園舎のそれぞれ1、2階が「AJIRO MUSUBI」の施設となっています。1階は、地域内外の人が集まる交流スペース「コミュニティーセンター」になっていて、一部にカフェが入っています。食堂と給食室だったスペースを改装しました。カフェを利用しなくても、地域の人が気軽に立ち寄ってゆっくりしてもらえる場所を目指しています。

2階は「南熱海みらい共創センター」と呼んでいて、コワーキングスペースとレンタルオフィススペースになっています。入居する地元と地域外の企業や事業者との新しい取り組みや連携を促進し、そこから新たな事業や産業が生まれていくことを期待しています。

レンタルオフィススペースは、元々は教室だった部屋をできる限りその面影を残すようにして活用しています。全部で8室あり、うち3室は入居済みです。網代の老舗和菓子店「間瀬」の事務所、都内の設計事務所、親子の居場所づくりを推進する移住者が借りています。現在、残りの部屋も地元の企業や市外の企業が入居を検討している状況です。

旧図書室を改装したコワーキングスペースは、会員が月額5,500円、ドロップインが1日1,650円で利用できます。今後、オンライン会議などに利用しやすいように個室席も整備する予定です。

このほかに、団体で利用できる研修ルームと会議室も用意しています。最近では、都内の商社がワーケーションの一環で利用しました。コワーキングスペースや会議室の利用が、レンタルオフィススペースへの入居につながれば理想的です。

交流を生み出すイベントには多くの人を集客

「AJIRO MUSUBI」で行われた「夏祭り」の様子
「AJIRO MUSUBI」で行われた「夏祭り」の様子

――地域でのつながりや交流を促進する必要性を感じることはありますか。

地域の人が気軽に集まれて、企業同士の交流にもつながる場所は、熱海市内でも珍しいと思います。喫茶店などちょっとした打ち合わせができるような場所も減ってきています。
今後は、「AJIRO MUSUBI」を基点にさまざまなイベントを企画して人が集まる機会を作っていきたいと思います。

――「AJIRO MUSUBI」ではすでにさまざまなイベントを開催されていますね。

「AJIRO MUSUBI」は、大人でもチャレンジしたり、興味のあることを探求したりと、みんなが学び会える「学び舎」でもあります。これまでに、天体観測で自然に触れるイベント、木の船の模型を作って網代の海の文化を学ぶイベントなどを開催してきました。
先日開催した室内型マルシェには、12店が出店し、約150人の来場がありました。
地元の子育て支援団体が開いた夏祭りにも、多くの地元の家族連れが参加してくれました。最近では、1階の交流スペースに日常的に地域の子どもたちが遊びに来るようになりました。
イベントを定期的に開きながら、人が集まるにぎやかな場所にしていきたいと思います。

網代の課題を「共創」で新たなビジネスに

交流施設「AJIRO MUSUBI」外観にも小学校の面影が
交流施設「AJIRO MUSUBI」外観にも小学校の面影が

――網代の魅力と課題を教えてください。

熱海全体としては、海と山、温泉があって自然に恵まれていて、リラックスできる環境が整っていることです。街もコンパクトにまとまっていて移動にも便利です。
ビジネス面で考えても、都内とのアクセス性が良く、二拠点で活動したり、サテライトオフィスを構えたりしてもメリットと感じてもらえると思います。

漁師町として栄えた網代は閉鎖的で入りづらいイメージがあるかもしれません。でも一度入ってしまうと地域の応援や協力が非常に手厚いことを実感してもらえると思います。地域外から来た事業者と街との間に入って受け入れられやすい環境を作ることが、私たち「あじろ家守舎」としての大切な仕事だと捉えています。

地域としての課題には、高齢者の買い物、子どもたちの通学、子育て環境などが挙げられます。海に面しているので防災も課題の一つです。
これらは日本の抱える社会課題でもあり、逆に企業にとっては課題解決に向けての実証実験にもなり得ることです。期待としては、課題に取り組みながら一緒に新たな産業を生み出せるような企業や団体に「AJIRO MUSUBI」に入居してもらいたいです。
特に、デジタル技術を活用して社会課題に取り組むIT企業や防災関連企業、恵まれた自然環境を生かすアウトドア関連企業には、ビジネスチャンスがあるのではと思います。
施設だけでなく地域の現地案内もできるので、気軽にご相談いただければと思います。

――静岡県にサテライトオフィスを構える企業を増やすために行政に期待することはありますか。

静岡県と熱海市が協力して旧網代小学校を交流拠点にするために動いてくれました。
静岡県は行政として積極的に企業誘致に動いています。観光地である熱海市は、これまではあまり企業誘致には積極的ではなかったと思います。オフィスに適した物件が少ないのが一つの理由でしょう。「AJIRO MUSUBI」ができたことをきっかけに、企業の進出が増えることを期待します。新幹線の停車駅である熱海と三島は特に首都圏からのアクセス性が良好です。行政に望むこととしては、静岡県の入り口として東部エリアを面でアピールしてほしいと思います。

「あじろ家守舎」の山崎さんに聞きました!

網代の特産品・アジの干物
網代の特産品・アジの干物

①静岡県の好きなグルメは?
熱海・網代漁港で取れた新鮮な魚介が魅力です。
昔ながらの天日干しの干物もおいしいですね。

②静岡県でおすすめor行ってみたい場所は?
網代朝日山公園です。
高台にあり、相模灘を一望できる眺望の良さは最高ですね。
初日の出のメッカとしても有名です。

③オフタイムの過ごし方は?
映画鑑賞です。
最近は忙しくてなかなか映画館に行けませんが、自宅で映画鑑賞することが好きです。

サテライトオフィスしずおか情報発信ライター・磯部洋樹(いそべひろき)

熱海・網代出身で、自身の母校でもある旧網代小学校を拠点に地域の活性化に取り組む山崎さん。「あじろ家守舎」のメンバーと共に、地域ににぎわいを創出しようという思いがヒシヒシと伝わってきました。
「AJIRO MUSUBI」には、小学校だった時の名残があちこちに残っており、懐かしさを感じます。さらに、気軽に地域の人や観光客にも立ち寄ってもらえるようにと、1階の交流スペースは明るく開放的な雰囲気に。すでに地域の子どもやお年寄りが毎日顔を出すような場所になっているそうです。
オフィススペースはすでに3社が入居済み、空きスペースも複数社が検討中とのことで、注目度の高さが伺えます。今後、入居企業と「あじろ家守舎」とが連携をして、どのような事業や取り組みが生まれていくのか、楽しみにしたいと思います。
廃校の有効活用は、全国的にも課題となっています。「AJIRO MUSUBI」がこの先、そのモデルになることを期待します。
【磯部洋樹プロフィール】