東京都渋谷区に本社を構え、2022年に静岡県浜松市にサテライトオフィスを開設した株式会社ZINE(ジン)。「がんにかかわるすべての人の本質的な悩みに寄り添い、自分らしく生きる世界をつくる」をミッションに掲げ、「浜松オンラインがん相談 for 浜松医大」と「オンラインがん相談サービス CancerWith」を提供する同社は、浜松市のファンドサポート事業というスタートアップ支援を活用しています。
オンラインがん相談の加速度的な成長を実現させるために選んだ浜松市へのサテライトオフィス開設。現在の事業展開と今後の展望について、代表取締役CEO 仁田坂淳史さんにお話を伺いました。

会社概要

会社概要
株式会社ZINE(ジン)
https://zineinc.co.jp

・事業内容
2015年4月設立。オウンドメディア支援事業で創業し、現在は浜松オンラインがん相談 for 浜松医大、オンラインがん相談サービス「CancerWith」の企画・開発・運営を行う。

※浜松オンラインがん相談 for 浜松医大
https://cancerwith.com/hama

※オンラインがん相談サービス 「CancerWith」
https://cancerwith.com

・本社所在地 東京都渋谷区富ヶ谷2-17-17-501
・サテライトオフィス所在地 静岡県浜松市天竜区熊2068-2-303

インタビュー対象者紹介

代表取締役CEO 仁田坂淳史(にたさか あつし)さん
大分県日田市出身。1986年生まれ。
筑波大学卒業後、枻(エイ)出版社に入社。その後、技術評論社を経て株式会社ミクシィに入社。2015年4月に株式会社ZINEを創業する。
2018年には人工知能を使った医療機器の開発を行うPLIMES株式会社を共同創業者として立ち上げる。
2022年に浜松市に株式会社ZINEのサテライトオフィスを開設。

がん治療や生活の不安をオンラインで相談できる事業を立ち上げ

▲オンラインがん相談サービス「CancerWith」
▲オンラインがん相談サービス「CancerWith」

――まず御社の事業内容を教えてください。

現在は、浜松オンラインがん相談 for 浜松医大とオンラインがん相談サービス「CancerWith」の企画・開発・運営を行っています。
私は、筑波大学を卒業後、出版社で雑誌など紙媒体のメディア編集、IT企業で社内のオウンドメディアの立ち上げを任されてきました。紙媒体とWeb媒体の両方を経験したことを生かし、新たなメディアづくりを目指して2015年にZINEを創業しました。
ZINEではウェブメディアコンサルティング事業に取組み、いくつものオウンドメディアの立ち上げを支援してきました。
受託制作を続けながら、親族の経験したがんを起因とした情報の非対称性という社会課題を解決するため、スタートアップとして組織を変革し、現在の事業を立ち上げることにしました。

――オンラインがん相談サービス「CancerWith」について教えてください。

がん患者本人やその家族が、がん治療や生活の不安を医師以外の専門家(看護師や社労士など)にチャットなどオンラインで相談できるサービスです。
事業のきっかけは、がんを患った母と祖母の体験でした。がんに対する悩みは年齢問わず国内では高い関心ごとの一つですが、様々な誤解もあります。例えば、「がんが治る浄水器」などエビデンスがないようなものも一部の患者さんの間では信じられたりしています。自分にとっても他人事ではなく、祖母は「がんが治る浄水器」を80万円で購入していました。
また、本来がんは偶発的になるケースが多いにも関わらず、「がんになった人の生活習慣が悪い」「怠惰な生活をしていたからがんになったのだ」というレッテルが貼られることもあります。そういうレッテルは病気の悩みだけでなく、病気になった事実を第三者に相談しづらい原因にもなっています。
これは「情報の非対称性」によるものです。私にはこれまで情報の非対称性を解消したいという思いでやってきたメディアの編集者としてのバックグラウンドがあるので、がんの不安も解消したいと考えました。

※「CancerWith」は、2020年12月にクローズドテストを実施。ベータ版を2021年2月にリリース。
2022年12月、渋谷区で「CancerWith」実証実験を開始。2023年3月、閣議決定された第4期がん対策推進基本計画を受けて、がん相談DX支援プログラム「CancerWith Hospital」の提供を開始。2023年12月 、浜松オンラインがん相談 for 浜松医大をリリース。浜松市民など浜松にゆかりのあるがん患者さん、その家族が無償でがん相談が利用できる仕組みを浜松市の後援を受け、浜松医大とともに提供している。

浜松の「やらまいか精神」がスタートアップには不可欠

▲浜松市マスコットキャラクターの「出世大名家康くん」 性格はやらまいか精神旺盛で超前向き
▲浜松市マスコットキャラクターの「出世大名家康くん」 性格はやらまいか精神旺盛で超前向き

――サテライトオフィスを浜松に開設した経緯を教えてください。

2018年に共同創業したPLIMESの事業で元々、磐田市浜松市と接点がありました。スタートアップ支援といえば、福岡市、つくば市、浜松市が有名で、いずれも選択肢としてありましたが、その中でも浜松の「やらまいか精神」、まずやってみようという考え方を実際に感じ、助けられる機会がよくありました。スタートアップは世の中に変革をもたらす異分子です。一般の感覚や既存のステークホルダーからは受け入れがたいことも多いもの。異分子を受け入れて、とりあえずやってみようという浜松市民のマインドは、スタートアップに大変合っていると感じています。

そもそも当社は、コロナ禍以前より日本全国・海外(アメリカ、グアドループ、台湾など)でフルリモートで働いている社員ばかりで、働く場所にはとらわれていませんでした。
働く場所よりもスタートアップにとってはスピード感が大切で、実際に浜松はプロジェクトのスピードが速いことを実感しています。他の地域で進めようと思ってうまくいかなかったことも、浜松では速く物事が進みます。この先、世界に向けての事業展開も実現できるのではという感触も得られます。

浜松市のスタートアップ支援「ファンドサポート事業」を活用

▲FUSEでの勉強会の様子
▲FUSEでの勉強会の様子

「FUSE(フューズ)」は、2022年に浜松いわた信用金庫が立ち上げたコワーキングスペース。スタートアップが事業を立ち上げるために開設されたイノベーションハブ拠点。
コワーキングやミーティングスペースに加え、併設されたイベントスペースやスタジオで経営セミナーや交流会などが頻繁に行われている。


――浜松のサテライトオフィスで事業を展開するに当たって活用した行政サポートはありますか?

スタートアップに対して支援する浜松市の「ファンドサポート事業」を活用しました。

※ファンドサポート事業とは
浜松市内に本社や拠点を置くスタートアップに投資を行うベンチャーキャピタルなどと協調して資金を交付することで、スタートアップの事業化を支援する取り組み。2019年度から制度は始まり、2022年度はZINEを含む8社のスタートアップが採択された。
「やらまいか精神」という挑戦する風土を背景に、新しいスタートアップが次々と生まれる好循環のまち「浜松」を目指す。

――ファンドサポート事業を受けて良かったことはありますか?

行政主催の勉強会の質が高いことや同じ採択企業との横の太いつながりができることが挙げられます。

また、ファンドサポート事業のモニタリングが非常に参考になっています。モニタリングは、事業の進捗状況の確認、進捗に応じた支援やアドバイス、会計のチェックなどが行われます。監査に必要な書類を整備することなどは、IPO(Initial Public Offering=株式公開)準備の練習にもなっています。

サテライトオフィスの課題と地域との関わりについて

――現在、サテライトオフィスは熊(浜松市天竜区)に置いているそうですが、キャンプや登山で行くような山奥のイメージがあります。この場所を選んだ理由を教えてください。

まず私が海か山かといったら山派だったという点です。
熊にあるサテライトオフィスは、アパートの一室をオフィス兼住居として使っています。また、天竜区の良いところは新東名ICから近いという点です。私自身が大阪や東京を車で行き来することも多く、交通の利便性を考えました。自動車の運転支援システムも発展してきており、東名高速道路よりも新東名高速道路の方が、運転支援システムに適していることも影響しています。都内と浜松を車で往復することも多いのですが、約520kmの往復も疲れることはほとんどありません。今現在は他の常駐スタッフはいませんが、これからも浜松市天竜区内で事業所を構え規模を拡大、雇用を増やしていきたい思いがあります。
これまでフルリモートだった弊社ですが、部分的に天竜区でオフィスワークを拡大していく可能性があります。通勤の面でも地の利があると考えています。

――地域との関わりや交流を図っていることはありますか?

ビジネスにおいては、浜松から「オンラインがん相談」を発信して広げていきたいと思います。
地域との大きな関わりとしては、ZINEとは別にNPO法人の設立を検討しています(取材2023年6月当時。NPO法人は2023年9月に設立)。その理事に浜松医大の関係者や、他の医療従事者にも就いていただく予定です。
NPOの関連事業として、構想段階ではありますが、天竜区の阿多古川でサウナフェスを計画しています。がんは手術による見た目の変化を伴うこともあり、患者の中には温泉やサウナに行きづらい人も多いのが実情です。そのため、サウナを通してがん患者や高齢者のダイバーシティ(多様性)を推進して地域振興につなげられればと思います。
また、地域のサウナ施設と連携して、アウトドアサウナを若者だけでなく地域の高齢者も楽しむということを天竜区から発信したいと考えています。
サウナをきっかけに地域への移住者の増加にもつながればと思っています。

地方は不利ではなく、熱意に人が付いてくる

――サテライトオフィスは今後どのような位置付けになると思われますか?

私たちはコロナ禍になって3年半ほどフルリモートで働いてきました。国内はコロナを経験してリモートで働く人が増えました。しかし、実際にはコロナが終息してきた現在、多くの人が以前のようなオフィスワークに戻ってしまっていて、それは非常にもったいないことだと思います。
将来的に日本の内需だけではやっていけなくなるくらい、人口減少で消滅可能性のある集落も出てきています。そのような状況で、どのような事業でビジネスモデルを描いて人々の生活を変えていけるかというのがスタートアップの役割だと思っています。
当社では医療に注力しています。たとえば、オンラインがん相談以外では、離職してしまった看護師の転職先を探すサービスも新しく始めています。
サテライトオフィスの開設は一つのきっかけにすぎず、中山間地域も市街地も海外も同じで、実証実験やコミュニケーションがはかどるための場所と捉えています。今後、働く場所はもっと自由になるでしょうし、距離は技術が埋めてくれると思っています。たとえば日本は夜の灯火が明るい国のひとつですが、欧米圏では夜の間接照明では顔色が悪く映ってしまうことも多々あります。Webミーティングツールが補正してくれて気にならないレベルになってきていますし、今後はアバター同士で打合せすることでもっとこの差もなくなってくる。地方であることがディスアドバンテージ(不利)にはなりませんし、熱意に人は付いてきてビジネスが切り開けていくと信じています。
地方で働くこと、地方にオフィスを作ることがビジネスの選択肢と可能性を広げる一助になると思います。

――サテライトオフィス開設を検討している方へのアドバイスをお願いします。

サテライトオフィス開設に向けては、代表者自らが動くことが大事だと思います。事業を新しく作っていくことは代表の役目ですので、自ら色々な場所に行くことで考えが深まります。
浜松は、一人で事業を立ち上げられるフィールドがあること、コワーキングスペースなど思索が深められる場所があること、思い立った時に東京や大阪にすぐに出ていけるのでお薦めです。

サテライトオフィスで働く仁田坂さんに聞きました!

①静岡県の好きなグルメは?
土産物としてはクッキーの「あげ潮」(まるたや洋菓子店)です。
お店では、浜松中心市街地にある「天錦(てんきん)」の天丼や、浜松医大近くにあるつけ麺屋「笑門(えもん)」の豚丼がお薦めです。

②静岡県でおすすめor行ってみたい場所は?
テントサウナの「サウナ天竜」です。水質の良い阿多古川の水風呂も最高。阿多古川や気田川など浜松には清流がたくさんありますので、パックラフトで川下りするのもオススメです。

③オフタイムの過ごし方は?
やはり「サウナ天竜」です。サウナは物事を考える貴重な時間が作れます。
平日にサラリーマンがサウナに入っていても経済が回るような世界になればと思います。

▲天竜でのテントサウナの様子
▲天竜でのテントサウナの様子
▲パックラフトで川下りをする仁田坂社長
▲パックラフトで川下りをする仁田坂社長

静岡県サテライトオフィス情報発信ライター・磯部洋樹(いそべひろき)

浜松の中山間地域にサテライトオフィスを構えられたZINE様ですが、中山間地域、市街地、海外という場所の括りにとらわれない働き方や事業展開の考え方をお持ちであるという印象を受けました。
浜松固有の「やらまいか精神」は、スタートアップにとってビジネスの立ち上げ、飛躍的な成長に影響を与えているとのことで、今後のZINE様の展開に注目していきたいと思います。
【磯部洋樹プロフィール】