未来の乗り物は地方都市から生まれる。浜松オフィス開業で広がる可能性(KGモーターズ株式会社)

交通機関は、私たちの日常生活に欠かせない存在です。電車やバスなどの公共交通機関も充実している都市圏では、移動の選択肢も豊富です。「この時間の地下鉄は混み合うから、バスにしようか」「ひと駅歩いてみよう」と、自身の都合に合わせて気軽に移動手段を選ぶことができます。
しかし、地方となると話は別です。「最寄駅まで数km先で、かつ駅までの交通手段がない」という地域も少なくありません。2019年に国土交通省が発表した「地域交通をめぐる現状と課題」によると、2007年度以降、路線バスの13,991kmが廃止に(※1)。全国のバス事業者のうち、約7割が赤字だといいます。
このような背景から、地方の主な交通手段は自家用車です。時代の流れに伴い、地方において車は「一家に1台」から「一人1台」へと変化しました。運転免許を取ったばかりの10代からお年寄りまで、日常的に車を運転します。
浜松市に自社のサテライトオフィスを開業した楠一成さん(KGモーターズ株式会社 代表取締役CEO)の地元も例外ではありません。1人乗り用小型モビリティロボット「mibot」の開発で地方都市の未来に変革を起こそうとする楠さんに、浜松オフィス開業の経緯や今後の展望までお話を伺いました。
※1:高速バス・定期観光バスを除く、 代替・変更がない完全廃止のもの
=会社概要==============
KGモーターズ株式会社
事業概要:小型モビリティロボットの製造・販売・MaaS開発
設⽴年⽉⽇:2022年7月28日
Webサイト:https://kg-m.jp/
本社所在地:広島県東広島市西大沢2-2-9
サテライトオフィス所在地:静岡県浜松市
=インタビュー対象者紹介========
楠 一成さん(KGモーターズ株式会社 代表取締役CEO)
2005年シーエルリンク株式会社創業。自動車用アフターマーケット部品の販売を拡大。2018年、脱炭素の流れを受け、小型モビリティ事業参入を決意。シーエルリンク株式会社の株式を売却し、影響力拡大を目論みYouTubeを開始。3年でチャンネル登録25万人を達成し、Google Japanが選ぶ(世界に影響を与える)クリエイター101人に選ばれる。2021年より本格的に小型モビリティ開発をスタートさせる。
未来の乗り物をつくる会社
―KGモーターズ株式会社について詳しく教えてください。
2022年創業の1人乗り小型モビリティロボット「mibot」の開発・製造・販売を手がける会社です。現在はまだ開発中ですが、順次製造販売をスタートさせる予定です。将来的には、MaaSや自動運転システムによるロボタクシー事業など、「mibot」を軸とした事業展開を視野に入れています。
本社所在地は広島県東広島市です。
社員はエンジニアやマーケター、バックオフィスなどのメンバーが計11名。その他に約60名の外部パートナーがいます。年齢層は20代前半から60代まで幅広いですね。
―コロナ禍で創業したんですね。
そうですね。以前から構想はありましたが、20年頃から少しずつ準備をはじめ、22年に創業しました。偶然にも創業当初はちょうどコロナ禍で、他者との接触がない「パーソナルな移動」というものが見直された時期でもありました。当社の小型モビリティロボット「mibot」は1人乗りを想定したものなので、世間のニーズや人々の考え方にもフィットすると感じましたね。
小型モビリティロボット「mibot」

―KGモーターズの小型モビリティロボット「mibot」について教えてください。
「mibot」は、1人乗り用の小さな電気自動車です。車幅が1.1mほどなので、狭い道でもスイスイ走り抜けることができます。コンパクトながら最大搭載量45kgのリアラゲッジスペースも備えているので、通勤や買い物、運搬など、毎日の“チョイ乗り”に最適です。
また、「mibot」は電気自動車ではありますが、100Vの家庭用コンセント充電に対応しています。専用の充電設備は不要で、自宅で簡単に充電できるのも便利なポイントですね。
―すでに予約を開始しているんですね。
はい、2024年8月23日から個人利用を目的とした一般の方向けに予約を開始しました。ありがたいことに、大きな反響もいただいています。約1ヶ月で1000件の予約がありました。
―なぜこのような1人乗り用小型モビリティロボットを開発しようと思ったんですか?開発の経緯を教えてください。
私は広島県呉市で生まれ育ちました。呉は本当に坂ばかりで、そのうえ道もすごく狭い(笑) このような土地柄、コンパクトな軽自動車を普段使いしている地域住民が多いのですが、それでも道幅がギリギリな箇所も少なくありません。私自身、「軽自動車よりももっと小さな車があれば便利なのに」と思っていました。
ある日、地元を運転していた時に、対向車線を見てふと気づきました。すれ違う車の大半が4,5人乗りなのに、車内には運転手1人しか乗っていない。「これは無駄が生まれているんじゃないか」と思って調べると、国土交通省のデータで自動車に乗る人の7割以上が1人で、かつ短距離移動をしていることがわかりました。
このような経緯から、1人乗り用小型モビリティロボットの必要性を改めて実感し、開発に踏み切りました。
―まさに楠さんが暮らす地元の課題がひらめきにつながったんですね。
私を含め、リアルな地域課題を実感している者が多いですね。創業メンバーのなかには、電車が1日数本しか運行していないような、ど田舎出身者も複数いるんですよ。
私たちは、地方の公共交通機関が崩壊しつつあることに危機感を抱いています。電車やバスは、次々と減便しています。実際に本社のある呉市は人口約21万人の中核市ですが、仕事帰りに駅前で外食して、帰る頃には電車もバスもなく、タクシーすらいなかったりします。この流れは、人口減少に伴い、今後も加速していくのではないでしょうか。
このような田舎の日常生活が身に染みてわかっているからこそ、交通手段における地域課題を自分ごととして捉え、考えることができるのかもしれません。
―日常生活以外での利用も期待できそうですね。ちなみに法人向けにはどのような展開を考えていますか?
地域を問わず、1人での移動が多い業種、職種の方に需要があると考えています。例えば訪問介護士、看護師などです。職員さんが地域のお年寄りの自宅を訪れる際、「mibot」であれば周辺に広いスペースがなくとも停められます。また、訪問介護/看護サービスを提供する事業所は、職員用の車両を複数台抱えなくてはなりません。小さな車なら、その分駐車スペースも削減できる。従業員と事業者の双方にメリットがあります。
この他にも、大規模プラントや物流センターなど、広大な敷地内での移動が発生する場面で需要があると考えていますね。
浜松市にサテライトオフィスを開業
―今年4月、浜松市に開業したサテライトオフィスについて、経緯を聞かせてください。
当社は、社内外のメンバーでプロジェクトチームを構築し、日々の業務にあたっています。約60名の外部パートナーは、全国各地に点在しており、なかには海外在住者もいます。そのため日常的なやり取りは、オンラインが中心です。
浜松市に拠点を作ったきっかけは、浜松市在住のメンバーが複数名いたことが大きいですね。東海地区はもともと自動車関係のエンジニアの方が多いんですよ。特に浜松市は、スズキの本社もありますし、ヤマハ発動機(磐田市)も近いという土地柄、優秀なエンジニアが集まっていますね。
―その他に、浜松市のどのような点に魅力を感じましたか?
近隣にバイクや自動車メーカーがあるので、自動車関連のサプライヤーもすごく多いですね。選択肢が豊富なだけでなく、距離的にも近いので気軽に相談しやすい。浜松に限らず、静岡県は全体的に製造業が盛んなので、ここだけでものづくりが完結できるのも魅力でした。
また、マーケティングにおいても静岡県はいい土地だと思いますね。当社の拠点がある広島県と静岡県は、全国的に標準的なエリアと言われています。そのため、両エリアでテストマーケティングを実施すれば、最も平均的なデータが得られます。そのデータをもとにPR展開を考えたり、商品開発に活かしたりできるのも、静岡県内に拠点を設けることのメリットではないでしょうか。
実物を囲めるスペースを確保

―浜松オフィスはどのような場所ですか?
浜松市内に小さな一軒家を借りました。屋内にはミーティングルームや作業スペースがあります。サプライヤーさんと商談をすることもあるので、そういった面での使い勝手も踏まえて、物件を決めました。
浜松オフィスには「mibot」本体も置いてありますね。これまではメンバーの皆さんがモビリティを実際に見たり、触ったりする時は、広島まで来なければなりませんでした。でも浜松オフィスなら東海からも比較的アクセスがしやすいので便利です。
―メンバーの皆さんは「mibot」を見ながら打ち合わせができるんですね。
そうですね。モビリティを作る際、メンバーが実物を見ながら話すことはとても大切です。実物を取り囲んで話をすることで、設計面や動作面での気づきも得られやすいですし、その場で次のアクションを考えることもできます。
また、浜松オフィスに実物があることで、開発途中のプロダクト評価実験も県内で実施できるようになりました。
今まで広島でしかできなかったことが、浜松でもできるようになったのは、利便性という点においてとても大きなことだと感じます。
―浜松オフィスの準備から開業まで、どのくらいかかりましたか?
約1ヶ月ですね。オフィス内を完璧に整備して、家具や事務用品を全て取り揃えたのではなく、まずは見切り発車状態でスタートしました。土地勘のある浜松在住のメンバーが物件探しや準備を担ってくれました。
―周辺環境はいかがですか?
浜松は都会すぎず、田舎すぎず、とても住みやすそうな街だなと思いましたね。地元の広島とも近い感覚で、落ち着いて過ごせます。
浜松オフィスを開業したことで、この地域を楽しむきっかけができたのもよかったです。地元が浜松のメンバーには、地域のいろいろなおすすめを教えてもらいました。私は釣りが趣味なのですが、「浜松は海が近くて、しかもヒラメが釣れる」と聞いて行ってみたいなと思っています。
YouTubeをきっかけに浜松で人材も採用
―現在、浜松オフィスは何人くらいが利用していますか?
浜松市にはプロジェクトメンバーが7名います。常時3,4名がオフィスを使用していますね。日によっては広島や東京、名古屋からメンバーが来て、10名ほどが集まります。
―浜松オフィスで人材採用も行ったと伺いました。
浜松では、2名の正社員を採用しました。ポジションとしては、責任者とエンジニアが各1名です。
―地方での雇用は難しいと聞きますが、開業からごく短期間で良い人材を採用できたポイントはなんだと思いますか?
実は2人とも、当社のYouTubeをきっかけに応募してくれたんですよ。
当社は、YouTubeやSNSでの情報発信に注力しています。特にYouTubeは、これまで300本以上の動画を投稿し、現在は登録者数20万人超のチャンネルに成長しました。視聴者の中に、たまたま浜松在住者がいて、エントリーしてくれました(笑)
Youtube【ミニマムモビリティ】量産に向けての変化を徹底解説!
https://youtu.be/IiaNpAAn4xE?si=vcoB_ab4SkHMkKBo
「mibot」のような新しいものづくりに挑戦する上で、自社のカルチャーやビジョンを伝えることはとても大切です。同じ価値観を持つメンバーなら、同じゴールを見据えて力を尽くしてくれると思うんです。そのためYouTubeやSNSでは、社風がわかる投稿をしていますね。「この会社、自分に合いそうだな」と思った方に応募していただきたいです。
浜松オフィス開業にあたりICT・サービス関連企業進出事業費等補助金を活用
―ICT・サービス関連企業進出事業費等補助金を活用したそうですが、申請にいたったきっかけは?
当社は本社がある広島でも補助金を活用していました。新しく拠点を設けると決めたタイミングで浜松市の補助金の有無をリサーチしたところ、当社が補助対象者の「専門・技術サービス業」にちょうど合致したこともあり、申請しました。
―補助金申請の際に役立った浜松市、静岡県のサポート体制があれば教えてください。
電話で問い合わせをした際、補助金の申請書類の記載方法や必要書類など、詳しくご案内いただいたので、スムーズに申請ができました。
―補助金の使い道は?
浜松オフィスの賃料を補助していただいてます。
金銭面で助かる面はもちろんですが、浜松市さんとの繋がりができたことも大きなメリットのひとつですね。
―補助金申請の他にも、浜松市や静岡県のサポートはありましたか?
色々と相談に乗っていただいていますね。担当の方には、今後の事業展開についても話をしています。サテライトオフィスの開設はあくまでスタートラインです。ここから可能性を広げていきたいですね。
―具体的にどのような計画がありますか?
浜松市では、自動運転の研究開発や実証実験をやりたいですね。実験によっては、地域の方の協力が必要なものもあるので、協力し合って実現できたらいいなと思っています。
KGモーターズが描く 地方都市の未来
―今後の展望について教えてください。
これからの地方は、車社会がより加速化すると考えています。日常生活に車が必要不可欠となる一方で、年齢や環境によっては、運転を負担に感じる方もいるでしょう。
そのような方に向けて、自動運転の小型モビリティロボットを提供したいですね。私たちの作った乗り物が、車社会の負荷を軽減する存在になれたらと思っています。
サテライトオフィスしずおか情報発信ライター・佐藤優奈(さとうゆうな)
新しい乗り物を作るKGモーターズの挑戦に胸が躍る取材でした。地方都市の明るい未来を思わせるmibotに、大きな期待を寄せています。
【佐藤優奈プロフィール】