「静岡県はデータ利活用の先進地になれる!」。東京の宇宙スタートアップが人工衛星の運用拠点を牧之原市に開設(株式会社アークエッジ・スペース)

株式会社アークエッジ・スペースは、超小型衛星を開発するスタートアップです。「衛星を通じて、人々により安全で豊かな未来を」という理念のもと、地球観測や海上通信といった分野で多数の衛星を協調的に運用する「衛星コンステレーション」の実用化をめざしています。そのために重要な役割を果たすのが、静岡県牧之原市に整備した「牧之原地上局」です。
なぜ牧之原市を人工衛星の運用拠点に選んだのか?その理由や、今後の事業の展望、ビジネスをするうえでの静岡県の魅力などを、代表の福代さんにうかがいました。
【会社概要】
■株式会社アークエッジ・スペース
東京都江東区有明1丁目3-33 ドーム有明ヘッドクォーター3階
https://arkedgespace.com
2018年設立。超小型衛星の企画・設計・製造・運用を手がける宇宙スタートアップ。短納期・低コスト・カスタマイズ性が強みで、多種類複数の衛星を開発している。経済産業省、JAXA、NEDOなどの事業に参画しているほか、ルワンダ、パラグアイ、キルギスなど海外の宇宙事業でも実績がある。経済産業省が推進するスタートアップ支援プログラム「J-Startup」にも選定されている。
【インタビュー対象者紹介】
■株式会社アークエッジ・スペース
代表取締役CEO 福代孝良(ふくよ・たかよし)さん
静岡県牧之原市出身。東京大学大学院修了後、JICA専門家、外務省、内閣府宇宙開発戦略事務局を歴任。JICAではブラジルの国立公園の地域計画などに従事。内閣府では宇宙技術を活用したアジア・南米・中東・アフリカのSDGs支援に携わる。2018年に株式会社スペースエッジラボ(現アークエッジ・スペース)を創業。
プライベートでは牧之原市に在住。株式会社マキノハラボの創業者として、閉校した片浜小学校の活用やスマート農業といった地域振興にも尽力している。
*株式会社マキノハラボの活動は、地域のキーパーソンの記事でも紹介しています。
非日常は明日への原動力!「遊んで泊まれる小学校」で地域活性化と世界をコネクト
複数の超小型衛星を運用する「コンステレーション」で社会貢献をめざす

──宇宙スタートアップということですが、まず現状について教えてください。
当社単独のプロジェクトや、民間企業や大学などとの共同プロジェクトで、超小型衛星の開発を進めてきました。2019年に最初の衛星が宇宙軌道に乗って以降、現在は7機を運用しています。今後、本格化するのが衛星コンステレーションの商用化に向けた事業検証や技術実証です。
──そのコンステレーションとは、どういったものなのでしょうか。
コンステレーションとは日本語で「星座」という意味で、星座のように複数の衛星を協調して運用するシステムのことです。アメリカの衛星通信サービスの「スターリンク」がその代表例です。
当社では、海上のデジタル通信ネットワーク構築、多波長カメラによる地球観測、月面のインフラ整備などのテーマで、超小型衛星コンステレーションの研究・開発を進めています。衛星測位システムの開発では、現在のGPSよりも高精度なナビゲーションが実現する可能性もあり、自動車やドローンの自動運転への応用が期待されています。
──2023年春に、人工衛星の管制や運用をする牧之原地上局が完成しました。こちらの経緯を教えてください。
先ほどお話ししたコンステレーションの軌道上実証などで、運用する衛星が増えると見込まれたため、2021年ころから地上局の検討を始めました。
衛星とデータをやりとりするためには、周囲にビルや山がなく、土地が開けていること。そしてノイズとなる電波が少ないことなどがポイントになります。さらに、天候の影響を受けやすい周波数を使って衛星と通信をしたり、将来的にレーザーによる光通信を行う場合は、晴天率が高いことも必須要件になります。全国各地を調査したところ、静岡県の駿河湾沿岸は晴天率も高く、理想的なエリアであることが分かりました。東京からもアクセスしやすいことから候補地に絞り込み、最終的に条件に合う用地が牧之原市に見つかりました。周りは茶畑で高い建物がありませんし、市街地からもほどよく離れた場所です。
──用地の選定や地上局の整備で行政の支援は得られましたか。
はい。静岡県には各市町との調整を、牧之原市には地元住民のみなさんとの橋渡しをしていただきました。また資金面では静岡県のICT・サービス関連企業進出事業費等補助金(高度ICT人材確保事業)を利用しました。地上局開設がご縁になり、静岡銀行のベンチャーキャピタルである静岡キャピタルからも出資をしていただきました。
──官民でバックアップがあったわけですね。
海外の宇宙事業関係者も注目する最新鋭施設。地元の理解を最優先に運営

──実際にどのように地上局を利用していますか。
人工衛星の打ち上げ後は、衛星の機器に電源を投入したり、設定をする作業が1か月ほどかかります。そうした初期運用を牧之原地上局で行っています。その後、衛星が安定稼働して通常運用になると、東京から遠隔で管制や監視をしますが、不具合対応や調整をするときは社員が牧之原に出張して作業しています。
余談ですが、地上局の事務所棟で作業していると、自然とお茶の香りがしてくるんです(笑)。ビルに囲まれた東京とは違った環境で、社員もリラックスして働けているようです。これから衛星の打ち上げが増えるので、牧之原に社員が滞在する時間が増えると思います。
──地上局の役割がさらに大きくなりますね。ほかにも反響があれば教えてください。
地上局には、衛星と高速大容量通信ができる最新設備を備えているので、宇宙ビジネスの関係者から視察の問い合わせが多数あります。海外のお客様をお招きしたこともありました。今後は地上局の視察に合わせて牧之原や県内をご案内して、地域の魅力をアピールできればと考えています。
──地上局をきっかけに静岡県を知ってもらえるのはうれしいですね。管理や運用にあたって気をつけていることはありますか。
それは何と言っても地域の理解です。静かな茶畑の中に構造物やアンテナが建っているので、もしかすると不安に感じる方がいるかもしれません。そこで説明会を開いて地域の方に施設を見てもらったりしています。地元の町内会にも入っていますよ。
──今後の事業の展望を教えてください。
コンステレーションのテストや実用化が本格的になると、運用する衛星は100機以上になるでしょう。この地上局だけでは管制できなくなるので、地元の協力も得ながら、近隣に新しい施設を増設することも考えています。また、データ入力などの事務作業で、牧之原にスタッフを常駐させる可能性も出てくるかもしれません。
──工事やメンテナンス、雇用にもつながるかもしれませんね。
牧之原に住み、宇宙と関わるのは自然なこと。静岡県にはデータ利活用などのビジネスチャンスがある

──福代さんは牧之原市出身ですね。いまも牧之原にお住まいとうかがいました。
そうなんです。平日は東京で働き、海外出張もしていますが、1年のおよそ半分は牧之原で過ごしています。会社に出勤するときは、静岡駅から新幹線のひかりで約1時間。東京近郊から満員電車で通勤するのと比べれば、ストレスは格段に少ないと思います。私にとって牧之原に住みながら宇宙や世界と関わることは、少しも特別ではないんです。
──さらにお仕事がしやすくなるためには、どうなるといいでしょう。
しいて言うなら、空のアクセスでしょうか。今後は国内各地や海外との行き来が増えるので、静岡空港に駅ができたり、就航路線が増えるとうれしいですね。
──さて、ビジネスをするうえで静岡県にはどんな魅力があるでしょうか。
以前、マキノハラボという別会社で、ドローンやカメラを利用したスマート農業の実験に取り組んだことがあります。静岡には市街地だけでなく、農地・森林・河川・海といった多彩なフィールドがある。たとえば、リモートセンシングやIoTなどの現地調査やテストマーケティングをするには、ぴったりな土地です。
さらにそうした実績が増えていけば分析や予測といった、データ利活用のビジネスに発展する可能性も秘めています。静岡県全体でも3D都市モデルやオープンデータに力を入れています。私たちの地上局も人工衛星から大量のデータが集まる施設なので、何らかの形で貢献したいと思っています。
──最後に、これからの牧之原市や静岡県にどんなことを期待していますか。
牧之原はマリンスポーツのメッカの静波海岸があり、遠くには富士山や南アルプスが見える最高のロケーションです。カリフォルニアのシリコンバレーには、グーグル本社をはじめスタートアップが集まる「マウンテンビューエリア」があります。「日本のマウンテンビュー」として、企業進出や新規創業がいっそう盛り上がってほしいと願っています。
牧之原市にお住まいの福代さんに聞きました!
Q.牧之原市(静岡県)の好きなグルメは?
お茶、じゃばら、いちごも好きですが、1つ選ぶとするとお肉です。焼肉店の「静岡そだち」や「かねまる」は、お肉の質がよくてコスパも最高です。ブランド豚の「金豚王」も大好きです。
Q.牧之原市(静岡県)のおすすめor行ってみたい場所は?
静波〜相良〜御前崎と続く海岸線は景色も雰囲気も格別です。冬に150号線をドライブすると富士山がきれいに見えて気持ちがいいんです。
静波サーフスタジアムの「ココカフェ静波」やカフェの「オアシス」など、お気に入りの飲食店もたくさんあります。
Q.オフタイムの過ごし方は?
最近はサウナやBBQにハマっています。旧片浜小学校の「カタショー」や相良近辺には、貸し切りで薪サウナやBBQを楽しめるスポットがあります。
また、焼津のくろしお温泉も好きで、お風呂に入ったあとは美味しい静岡おでんを食べてくつろいでいます。
サテライトオフィスしずおか情報発信ライター・柴山太一郎(しばやまたいちろう)
南米、アフリカ、アジアと、世界各地に足を運び精力的に活動している福代さんですが、生活の拠点は牧之原に構えています。牧之原の美しい海や穏やかな気候が、エネルギーの源になっているのかもしれないと思いました。
インタビューの最後には「静岡県はシリコンバレーのようになれる。地元出身だからというわけではなく、本気でそう思っています」と、力強いメッセージをいただきました。同社の牧之原地上局がきっかけになって、航空宇宙関連の企業進出が続いたり、宇宙に興味を持つ子どもたちや若者が増えることを期待したいです。