静岡県内でのサテライトオフィス開設や創業において、鍵を握る人物を紹介する「地域のキーパーソン」のコーナー。今回は、静岡県東部でシェアスペースを営む山田知弘さん(有限会社日の出企画代表)にお話を伺いました。

インタビュー対象者紹介

山田 知弘(やまだ ともひろ)さん  有限会社日の出企画 代表取締役
1980年静岡県三島市生まれ。大手ハウスメーカー、税理士事務所を経て、2012年にファイナンシャルプランナー事務所を開業。
2015年にコワーキングスペースとチャレンジショップの「 Antiquedoor」を静岡県沼津市に開業。現在は沼津市・裾野市・長泉町で計4件のシェアスペースを運営。

会社概要
有限会社日の出企画 (静岡県三島市日の出町4番5号)

運営施設:
Antiquedoor (静岡県沼津市大岡1972-6)
小商い研究室 (静岡県沼津市町方町70)
SUSONOTOWA (静岡県裾野市岩波55-6)

コワーキングスペース運営のきっかけは「空き家を育てちゃえ」という発想から

山田さんは、創業支援・移住定住支援・空き家対策の3事業を展開しています。その拠点となるのは、自身が経営するシェアスペース。開業のきっかけは、あるアパートとの出会いでした。

「8年前、沼津市大岡の小さなアパートを購入しました。2/3が空室の“課題を抱えたアパート”です」

▲ 購入当初(リフォーム前)のアパートの様子
▲ 購入当初(リフォーム前)のアパートの様子

地方の空き家問題は深刻化しています。事故の防止や防犯の観点からも、早急に解決すべき地域課題だと考える自治体も少なくありません。山田さんは「空き家になるのは使い勝手の悪さや立地条件、築年数など、さまざまな理由がある」としながら、自身が考えた解決策についてこう語ります。

「居住目的での借り手が見込めないなら、『空き家を育てちゃえ』と思ったんです。例えばお試し移住用にしてもいいし、独立開業前のお試し開業用にしてもいい。沼津市で何かに挑戦したい人たちを空き家に集めて、彼らと一緒に成長できるシェアスペースを運営しようと考えました」

当時山田さんは開業2年目。「シェアスペースを(自身の)人脈作りにも役立てたい」という思いもあったそう。その狙いは的中しました。

沼津市は、空き家対策で協力できる“おもしろい大家さん”を探していました。私の活動が担当者の目に留まり、声がかかりました」

これを機に、行政との連携がスタート。現在山田さんは、沼津市・裾野市・長泉町で計4件のシェアスペースを運営しています。

静岡県東部でやりたいことにチャレンジできる場所を提供

山田さんの運営するシェアスペースは、コワーキングスペースやイベントスペースなど形態もさまざまです。中でも特徴的なのは、チャレンジショップです。チャレンジショップとは、飲食店などの独立開業を目指す人が一時的にお店をオープンできる場所です。

▲ 沼津市大岡の「Antique door」は1階をチャレンジショップ、2階をコワーキングスペースとして運営
▲ 沼津市大岡の「Antique door」は1階をチャレンジショップ、2階をコワーキングスペースとして運営

山田さんは4件のシェアスペースを舞台に、創業支援に取り組んでいます。創業支援は場所貸しに留まりません。入居者に向けた「テナント出店講座」などのセミナーも展開。山田さんらのもとには過去4年間で1200件の相談が寄せられ、うち50社が開業に至りました。

移住希望者の「誰に相談したらいいかわからない」を解決

山田さんのもとには、移住の相談も寄せられます。多くの移住希望者から話を聞くうちに、山田さんは大きな課題に気付きました。

「静岡県は、移住希望地ランキングで2年連続1位を獲るほど人気のある街です。しかし、移住に踏み切れない人も多い。その理由は、移住後の仕事や住まいに対する不安でした」

山田さんの「移住者が抱える不安を解消するためには、“誰に相談したらいいかわからないこと”を相談できる人が必要だ」と考え、まちづくりのアクションを起こしました。

これに共感した方々が県内各地に社団法人を立ち上げ。各地にシェアスペースを作り、まちづくりの連携がスタートしました。現在は小山町と三島市の社団法人を中心に、地域活性化の波が広がりつつあります。

2年後の卒業を見越した“自動車教習所システム”

山田さんが運営するシェアスペースには、ある特徴があります。山田さんはそれを“自動車教習所システム”と呼びます。

「入居者の皆さんには、2年程度で卒業をしてほしいと思っています。例えば教習所に通う人の中に、『ずっと教習車を運転していたい』と考える人はいませんよね。みんないつかは自分の車を持ちたい。事業もこれと同じです。入居者の皆さんには、近い将来シェアスペースから旅立ち、自分の城を構えてほしい」

この自動車教習所システムは、もちろんチャレンジショップにも適用されます。これまでに珈琲豆店、ハンバーガー屋、ギャラリーなどさまざまな業種の4名が入居。しかし、山田さんは「卒業後のゴールは、必ずしも独立開業だけではない」といいます。

「確かにチャレンジショップを経て、自分のお店を構えた方もいます。しかし、副業開業の道を選ぶ方もいます。ここでの経験を積み上げて、各々のビジネスや働き方に最適な選択ができればいいと思っています」

空き家から生まれたシェアスペースを舞台に、静岡県内で自分らしく活躍できる人材を創出する。山田さんの取り組みは高く評価され、2019年に中小企業庁より「創業機運醸成賞」が贈られました。

静岡県東部は“ビジネスの余白”があるエリア

長い間この地域を見つめてきた山田さんに、静岡県東部エリアに眠る可能性について尋ねました。

「あくまで個人的なイメージではありますが、三島市は住むのにいい街ですね。住まいを設けて、各エリアへ通勤する人も多い。沼津市は商業の街、裾野市は農業と工業の街、長泉町は居住に特化した街です。だからこそ企業や個人事業主が挑戦できる土壌がある」

山田さんは長泉町とタッグを組み、「下土狩駅前コワーキングスペース」を運営しています。シェアスペースの入居者は、学生や女性が多いそうです。

▲ 下土狩駅前コワーキングスペース
▲ 下土狩駅前コワーキングスペース

「長泉町では、結婚や出産を機に専業主婦になる女性も多い。中には、自身のスキルを眠らせてしまっている方もいます。そのため下土狩駅コワーキングスペースでは、女性起業家支援にも力を入れています。個々のスキルを役立てながら、地域おこしにもつなげられたらいいな、と」

女性起業家支援然り、山田さんは各地のシェアスペースを軸に、挑戦する人をサポートし続けています。その理由は「静岡県東部エリアに秘められた可能性」でした。

「このエリアには、まだまだビジネスの余白があると感じます。自然が多く、首都圏へのアクセスがいい上に、人口バランスも整っている。そして地元には自身のキャリアやスキルを眠らせたままの方もいる。新しいことに挑戦したい企業や個人事業主にとって、ビジネスチャンスがある地域です」

現在、下土狩駅前コワーキングスペースには、合計3名のコミュニティマネージャーがおり、コミュニティの醸成に一役買っています。彼らは県内での創業相談に乗り、新たなチャレンジをサポートする、頼りになる存在です。

民間企業と行政のすき間をうめる存在でありたい

山田さんは、静岡県東部エリアの明るい未来を見据えながらも、「まだ課題はある」といいます。

「先ほど『誰に相談したらいいかわからない』と悩む移住希望者の話をしましたが、サテライトオフィスの開設や静岡県内での創業を検討している企業も同じです。ここにはあらゆるチャンスがあるのに、連携先がわからず、初めの一歩が踏み出せない」

静岡県はサテライトオフィス開設や創業に関する補助制度も整備されています。しかし、地域に根ざしたビジネスをするためには、“企業”と“行政”の連携に加え、“地域をよく知る人物のサポート”が必要です。

「民間企業と行政の間には、見えないすき間があります。しかし『この地域に可能性を感じている』という点では同じはずです。シェアスペースの運営やコミュニティマネージャーの育成を通じて、見えないすき間を埋めたいですね」

山田さんに聞きました!

1、静岡県の好きなグルメは?
みしまコロッケ
箱根西麓でとれた三島馬鈴薯を使ったコロッケです。各店特徴があり美味しいです。

2、静岡県でおすすめ or 行ってみたい 場所は?
沼津市の西浦です。少し高台になっていて、海越しの富士山が望めます。
考え事をしたい時に行く、落ち着く絶景スポットです。

3、オフタイムの過ごし方は?
ドライブと猫ですね。夜はだいたい猫とたわむれています(笑)

静岡県サテライトオフィス情報発信ライター・佐藤優奈(さとうゆうな)

幅広い視点を持ち、静岡県東部エリアを見つめてきた山田さん。1件の空き家からスタートした地域活性化の波が、今後どのように広がってゆくのかとても楽しみです。
【佐藤優奈プロフィール】