Synchro株式会社代表取締役でアート・映像ディレクターの藤田恒三さん
Synchro株式会社代表取締役でアート・映像ディレクターの藤田恒三さん

「爽やかな風が吹いている気がしたんです。」

伊東市にサテライトオフィスを開設したきっかけを尋ねると、落ち着いた語り口で『風』『光』『音』といった自然環境を想起させる単語が。

日本のエンターテインメントの最前線でクリエイティブ制作を行うSynchro株式会社の藤田恒三さんに、お話を伺いました。

【会社・活動概要紹介】

Synchro株式会社・代表取締役。アート・映像ディレクター藤田恒三さん
プロフィール https://www.kozofujita.com/about-5


1968年 東京生まれ。
ブランディングデザイン/CM/ロゴデザイン/MOVIE/LIVE演出

日本航空、テレビ朝日、NHKエンタープライズ、ソニー株式会社、日産自動車など多くのクライアントと音楽・映像・webなどでコミュニケーションデザインを展開。
テレビ番組『相棒』、アーティストとのアートワーク(CHEMISTRY、秦基博、山下智久他)、写真集(沢尻エリカ、百田夏菜子他)など多方面に活躍。

東京都港区『Synchro株式会社・東京本社』のサテライトオフィスとして2024年、伊東市に『Synchro株式会社・伊東アトリエ』を開設。

3.11の大震災とコロナ禍で生まれた変化

――まずは、藤田さんのお仕事について教えてください

Synchroというデザイン・クリエイティブワークを行う会社で代表を務めています。
メディアやアーティストとの仕事も多いため、(会社というよりは)映像・アートディレクターとして個人名での活動が前面に出ることの方が多いかもしれません。

企業やコンテンツのブランディングや映像制作・LIVE演出などを行っています。

テレビ番組『相棒』(テレビ朝日系列で放送されている刑事ドラマシリーズ。主演・水谷豊)は、立ち上げ初期season1~season12まで関わり、映画化にも携わったので、代表作になっています。

――海外での活動についてもお聞かせください

日本以外の活動としては、JALのワールドオブビュティーというカレンダーのアートディレクションで世界中を回って色々な国のクリエーターと仕事をしました。
バリ島に移住し、新しいコンセプトでホテル・リトリート施設を創るプロジェクトに参画したこともあります。


――サテライトオフィスを開設した理由は?

伊東市の新拠点は、サテライトオフィスと呼ぶよりも『アトリエ』と表現した方がしっくりくるような場所なのですが、サテライトオフィス開設までの紆余曲折を振り返ると、東日本大震災と新型コロナウイルスの2つが大きく影響している気がします。

どちらも、自然が人間の暮らしに大きく作用し、時代の転換点にもなりましたが、自分自身にとっても、近視眼的なモノづくりやクリエイティブへの懐疑といった(ある意味ピュアな)本音が生まれる契機となりました。

――東日本大震災でどのような変化がありましたか?

東日本大震災の福島第一原子力発電所の原発事故をきっかけに、電気を無尽蔵に使い続ける生活やネオンの灯りが消えることの無い都市型の暮らし方への疑問符が増えました。

海外で自然あふれる環境に身を置いてクリエイティブワークを行った経験もあったので、3.11という象徴的な出来事を経て、このまま、この大きな流れにいてはいけないと感じました。

自然からのインスピレーションを大切に、自分自身の発想とコンセプトで生きてみようと、東京のオフィスはそのまま、制作環境を鎌倉に移すことを試みたのです。
大きな撮影は東京、デザインや企画の制作は鎌倉というスタイルに変えました。

――伊東市のサテライトオフィス開設前に、東京-鎌倉の2拠点生活があったのですね!

はい。仕事の軸は変わらないのですが、海外生活や、東京と鎌倉での2拠点生活など場所に制約されない活動を続けてきました。

――コロナ禍とアフターコロナでの変化についても聞かせて下さい

もう1つ大きな転機となったのが、新型コロナウイルスが蔓延した約3年の期間でした。

この3年間で、リモートワークが急激に常態化し、気づいてみると、ほとんどの打ち合わせがオンラインになりました。

コロナ禍の波がおさまり、以前の仕事が戻ってきた後も、ミーティングの9割はオンラインのままです。
忙しい人々が集まるプロジェクトでは、オンラインでのやりとりが当たり前に変わりました。


アフターコロナで起こった大きな変化は、リモート環境で働ける会社員の、都会から地方への移住。
そして、インバウンド(訪日外国人旅行・旅行者)の増加だと思います。

震災後、東京にはない環境を求めて2拠点生活を行っていた鎌倉にも多くの人がやってきました。
(アニメ映画の影響も相まって鎌倉高校前に人が溢れ、鎌倉駅では入場規制がかかるくらいの状況に・・)

自然環境は良いのですが、道路の混雑や人口密度は、気づけば東京にいるときと同じような環境になっているなと思いました。

紆余曲折が少し長くなってしまいましたが、東京では「(有名な)誰々が〇〇をしている」「今、〇〇が流行っている」「〇〇がオシャレ」と、人間のトレンドに合わせてモノづくりをする状態だったのを、自然や日々の営みからクリエイティブの源泉を得るような環境に身を置くべきではないかと、素直にリアクションをとった先に今(伊東市)があります。

灯台のあかりをたどるように伊東市へ

――サテライトオフィスとして静岡県を選んだ理由は何ですか?

静岡にサテライトオフィスを構える前は、大きな撮影や打ち合わせを東京で行い、デザインや企画の制作は鎌倉というワークスタイルでした。

鎌倉高校前の景色や、葉山からのぼる朝日、江ノ島に落ちる夕日などロケーションも良かったのですが、コロナ禍をきっかけに学校でクラス数が3つ増えるくらい人口の変化が起こったのです。

車での移動するのにも常に道が混んでいるような状況で。
その後、インバウンド需要で更に観光客が増えると小さな駅が入場規制を行う程いっぱいに。
これは、仕事環境としても生活環境としても変化のタイミングだと感じました。

候補地を探す中、都心からのアクセスの良さはもちろん、物件の価格や気候の面で有力だったのが静岡県です。

地理学的に日本を眺めた時に、富士山があり、東京と京都の間にある場所。

お茶がある、みかんがおいしいといった、日本の魅力があたりまえのようにちゃんとあること。

仲の良い友人が、沼津市に住んでいたことも理由かもしれません。


――最終的に伊東市に決めたのはなぜですか?

鎌倉での仕事後に、江ノ島の灯台のあかりを、お酒を飲みながら眺めていたのですが、灯台からの光の先が伊東市を指していることに気が付き、現在の生活と伊東市でのこれからが線(ライン)で結ばれた気がしたのです。

どこか導かれるように、伊東市にアトリエを構える流れが現実味を帯びはじめました。

不動産屋さんと引越し屋さんの声が明るかったことも印象に残っています。

機械みたいにしゃべらないと言うのか、人間の優しさやぬくもりのあるコミュニケーションが交わされ、爽やかな風が吹いた気がしたんですよ。

自然の中を歩き、時間を共有することの価値

――伊東市での生活で苦労していることはありますか?

山の中にある、特別な物件をアトリエにしたため、引越しが大変でした。
一般の引越し用トラックでは運搬が行えず、山の斜面を登るのに4輪駆動車が必要で・・・。今は、樹木の整備も、自分で身体を動かして作業しています。

――地域や行政との関わりについても聞かせて下さい

引越し後ほどなく、地域の清掃活動に参加しました。軍手をつけ長靴をはいて作業を行ったのは、顔をおぼえて貰ういい機会になったと思います。
地域には造園業の方が多く、作業の手際の良さに圧倒されました。

伊東市役所の方には、サテライトオフィスの開設にあたって補助金活用の後押しをして頂きました。
静岡県のWebサイトは支援制度の説明もわかりやすかったです。

――どんな補助金を活用されましたか?

『伊東市サテライトオフィス等支援事業補助金』と静岡県の『ICT・サービス関連企業進出事業費等補助金』を申請しました。

補助金活用には詳しくなかったのですが、伊東市の職員の方が丁寧に説明してくれたおかげです。

最初にオンラインで相談した時から数回に渡り、親身に相談にのってくれて、「伊東市の補助金以外に静岡県の補助金条件にも該当するはずです!」と、県の事業担当者を紹介してくれました。

補助金は主に、スタジオ改装費に充てています。しばらく使われていなかった中古物件で、畳や壁など修繕箇所が多かったので、補助金サポートはありがたかったです。

スタジオとして機能するように床の張り替えをおこない、機材保管スペースを設けました。食品関係のクライアントもいるため撮影用キッチンも整えました。


※サテライトオフィス等支援事業補助金
伊東市にサテライトオフィス等を開設する事業者や開設検討に伴う視察を行う事業者に対する助成制度


※ICT・サービス関連企業進出事業費等補助金
静岡県が情報通信業やデザイン業などのICT・サービス関連企業の進出や高度ICT人材を配置するICT関連企業に対する助成制度

クリエーターやアーティストが集える空間に

――伊東アトリエを構えてから、お仕事に変化はありましたか?

仕事と暮らしのバランスや、地域と関わる仕事について、より意識的になった気がします。

仕事に直結するわけでは無いのですが、野菜をお裾分けしてくれる農家の方から後継者不足の話を聞いたり、改修現場に足を運んでくれた市の職員さんとまちのブランディングについてアイデアを交わしたりする中で、自分の経験やスキルが役に立つかもしれないと感じる場面がありました。

伊東市に来て1年にも満たず、まだ四季も経験していないので、安直な答えや提案は出来ませんが、この地域の課題を解決できるような仕事がいつか手掛けられたらと思います。


他には、偶然かもしれませんが、神戸でのドローンショーや万博関連など、伊東に来てから関西エリアの仕事が増えました。

――伊東アトリエでこれからどんな未来を描きたいですか?

サテライトオフィスという概念の枠をひろげて、アーティストやクリエーターの制作基地として、活躍の場が増えるような価値を生み出したいです。

制作時のノイズが少ないことが、伊東アトリエの大きな魅力です。
クルマの音ひとつとっても、さえぎられることがない環境は、クリエイティブの精度を高めてくれます。

今後、敷地をひろげられたら、レコーディングや写真撮影、リトリートスタジオとしていつか機能させてみたいですね。

最近、機材をいれて、ようやく仕事での環境が整ってきました。
いま東京で大きな責任をもって働く人を呼びたいと思っています。山を一緒に歩き、海を眺め、時間を共有することで、どんなクリエイティブが生まれ、醸成していくのか楽しみです。

純度高く自分と向き合える環境を、このアトリエで叶えていきます。

伊東市で働く藤田さんへの質問コーナー

――静岡県の好きなグルメは?

伊東市宇佐美の『あじ一 ひもの店』です。サバの干物が絶品です。
クオリティ高いうえに、東京の感覚からは信じられないくらい安いです。

他には、近所の農家さんの野菜(ブロッコリーやカリフラワー、スティックセニョール、ロマネスコ)がとにかく美味しくて。とれたてを茹でて味噌マヨをつけるシンプルな食べ方がおススメです。

――静岡県で行ってみたい場所は?

伊東市の大室山(標高580m)と小室山(標高321m)には、まだ登っていないので行ってみたいです。
他にも、川奈港いるか浜花火大会や南伊豆のヒリゾ浜にも興味があります。

――オフタイムの過ごし方は?

仕事中心で、まとまった休みが無い状態がしばらく続いているのですが(苦笑)
昼から魚を焼いて、魚と合うお酒をゆっくり傾けたいですね。

藤田さんへの取材を終えて

「年齢的にも覚悟をもってこの場所にきました。首都圏の快適さと比べたら、もちろん不便はありますが、忖度や無難な仕事を手放し、身体性をともなったクリエイティブを生み出したい。」

丁寧な口調で話す藤田さんがカッコよすぎて、いつかアトリエに遊びに行って構いませんか?とお願いしてしまいました。
伊東市で美味しい干物をつまみに、お酒をご一緒出来る日が待ち遠しいです。

サテライトオフィスしずおか情報発信ライター・JUNK板村