首都圏集中型のアニメ業界に変革を。その第一歩は静岡市から(株式会社シャフト)
現在、日本では年間250タイトル以上のアニメ作品が誕生しています。新型コロナの影響で若干の落ち込みはありましたが、2020年度の市場規模は約2兆4261億円(※)。アニメは日本の一大産業に成長しました。
実はこれらのアニメ作品の多くが首都圏から生み出されています。アニメ制作会社の85%が東京に集中しており(※)、 夢を抱いた若者が集まる一方で、「アニメの仕事をしたいが地元を離れられない」とあきらめる人も少なくありません。
今回は静岡市へのサテライトスタジオ開設により、“首都圏集中型”のアニメ業界に変革を起こそうと試みる久保田光俊さん(株式会社シャフト 代表取締役社長)にお話を伺いました。
※一般社団法人日本動画協会報告書「アニメ産業レポート2021」より
=会社概要==============
株式会社シャフト
https://www.shaft-web.co.jp/
1975年創立。TVや劇場作品を中心としたアニメーション制作・企画業務を主として行う。
制作著作物の管理・販売等も行い、自社制作作品のグッズを取り扱うECサイト「SHAFT TEN」も展開している。
「魔法少女まどか☆マギカ」は第15回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞。創立以来47年間に渡り、数々のアニメ作品を生み出してきた。
本社所在地:東京都杉並区上井草1-29-15
サテライトオフィス所在地:静岡県静岡市葵区
=インタビュー対象者紹介========
久保田光俊(くぼたみつとし)さん(株式会社シャフト 代表取締役社長)
菊川市生まれ。1982年入社。仕上部で色彩設定や特殊効果などを務め、95年から制作担当。企画・プロデューサーを経て、2004年に代表取締役に就任。
渡辺康子(わたなべやすこ)さん(株式会社シャフト)
2000年入社。彩色、色指定検査を経て、現在は色彩設計を担当。静岡スタジオAOIでは、スタジオのチーフとして若手社員の育成に取り組んでいる。
大ヒット作を次々と生み出すアニメ制作会社シャフト
―まずは御社の事業内容について詳しく教えてください。
久保田さん:シャフトは1975年に開業したアニメ制作会社です。テレビアニメや映画、CMなどのアニメーション制作を手掛けています。
主な代表作は、魔法少女が主人公のダークファンタジー「魔法少女まどか☆マギカ」や、西尾維新氏の人気小説をアニメ化した「〈物語〉シリーズ」です。近年ではこれらの他に「3月のライオン」、「連盟空軍航空魔法音楽隊ルミナスウィッチーズ」、「RWBY 氷雪帝国」などの作品に携わりました。
―いずれも有名なアニメ作品ばかりですね。制作にあたっている社員は何名ですか?
久保田さん:当社のスタッフは全員で約100名ですね。彼らの多くが東京の荻窪にあるスタジオでアニメ制作にあたっています。
―アニメ制作会社のスタッフの方は、若い方が多い印象があります。
久保田さん:さまざまな年代の方がいますが、たしかに若いスタッフが多いですね。当社は20代が約半数を占めます。作品のコアスタッフは30代、40代が中心ですね。
ありがたいことに、子育てをしながら働いてくれているスタッフもいます。社員から「シャフトで長く働き続けたい」と思ってもらえるよう、これからも福利厚生や環境整備に力を入れていきたいですね。
コロナ禍でスタートした「サテライトスタジオ構想」
―2022年6月に新設された「シャフト静岡スタジオAOI」は、コロナ禍でのオープンでしたね。
久保田さん:そうですね。静岡市にサテライトスタジオを開設した背景には、いくつかの理由があります。一つは、新型コロナウイルスの感染拡大による働き方の変化です。
日本がコロナ禍に突入して以降、当社も徐々にテレワークを中心とした勤務形態にシフトしました。会議をオンラインに切り替えたり、自宅でできる作業は自宅でやってもらったり。このような日々が続く中で、僕らの仕事はテレワークと相性がいいことに気づいたんです。
アニメ制作は、基本的に分業制です。職種ごとの作業内容や各々の担当領域が明確なんですよ。特にアニメーターなどの作り手は、個人レベルでの作業が多く、ひとりで集中して仕事をする時間も長い。そのためスタジオ内と同じように作業できる環境下で、スタッフが自身の技術を発揮してくれれば、場所がどこであろうと関係ありません。
コロナ禍の約2年間を経て、当社にはオンラインを活用した働き方の実績ができました。これを土台に、サテライトスタジオを設けようと考えました。
アニメ人材の首都圏集中化を変えたい
久保田さん:地方でスタジオを開設しようと思った二つ目の理由は、「アニメ人材の首都圏集中化」を変えたいという思いからです。実は日本のアニメの大半が東京で作られています。国内のアニメ制作会社の約9割が、一都三県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)に集中しているんです。
僕達は、かねてから自社アニメスタジオの強化について話し合ってきました。アニメの制作現場はいつも慢性的な人材不足です。人材の確保が難しい中、生産ラインを強化しようと制作過程の一部を海外のスタジオに委託する会社もある。しかし僕らは、それを国内で内製化したかったんです。
―首都圏はアニメ人材に限りがあるんですね。
久保田さん:そうですね。いま首都圏にいるアニメ人材だけでは、手が足りないと考えている会社も少なくありません。
アニメ制作は、特殊なスキルを必要とする仕事です。技術を身に着けるのに、長い時間を費やさなければならないケースもある。首都圏は家賃などの生活コストが高いため、若者が数年かけて技術を磨くのに不利な環境だと思いました。その点、地方であれば実家から通勤できる人も多い。きちんとした生活の基盤があるので、安心して仕事に打ち込めます。
それに「どうしても地元じゃないと働けない。でもアニメを仕事にしたい」とジレンマを抱える若者も少なくないと思ったんです。育児や介護など、誰しも各々の事情があります。だからといって僕は、彼らがアニメ業界を志すことをあきらめてほしくありませんでした。
このような現状を目の当たりにし、僕は「一アニメ制作会社として当社にも何かできることがあるんじゃないか」と考えるようになりました。将来性のある地方の若手アニメ人材を育てれば、アニメに関わる仕事をする人たちがもっと働きやすい業界に変えられるのではないか、と。
―しかしオンラインを活用すれば、全国どこに住みながらでもアニメの仕事ができるのでは?
久保田さん:たしかに理論上はそうかもしれません。「クリエイターが個人単位で集中して作業できる」という点では、テレワークのほうが優れているかもしれない。しかしアニメ制作は、人が集まり、顔を合わせ、色々と話しをしながら作り上げるのが大切なカルチャーでもあります。
アニメ制作は、本当に大勢の人たちが関わるプロジェクトです。直接対面することで新しいアイデアが生まれるケースも少なくない。そのためスタッフがリアルで集まれる場所は必要不可欠なのです。
アニメ人材の育成についても同じです。スタジオで先輩社員から直接指導をするメリットは大いにあります。これらの理由から静岡にも「スタッフが集まれる場所(=スタジオ)」を作り、本社から人材育成ができる社員を招きました。
初の地方スタジオは久保田さんのゆかりある街・静岡に決定
―シャフト初の地方スタジオですが、なぜ静岡市に?
久保田さん:僕は静岡県菊川市出身なのですが、小学校の頃は静岡市に住んでいたこともあります。
静岡市は周辺環境が良いですね。四季折々の自然が美しいのはもちろん、街中も整然としていて過ごしやすい。中心市街地にはさまざまなスポットが集中しており、とても便利です。仕事環境と生活環境の両面から見て、素晴らしい都市だと思います。
静岡スタジオはロケーションもすごく良いんですよ。駿府城公園からすぐ近くで、窓からは富士山も見える。物件については、サテライトスタジオ開設プロジェクトの立ち上げ当初から、静岡市の産業振興課さんに相談していました。物件の候補をいくつかご提案いただき、その中から選びました。
―静岡スタジオの物件を探す際、どのような希望条件がありましたか?
久保田さん:最重視したのはアクセス面ですね。地元の人たちの採用を望んでいたので、彼らが通いやすい場所がベストだと考えていました。
現在の静岡スタジオは、静岡駅から徒歩圏内にあります。電車やバスを使えば、楽に通える場所です。時には東京本社のスタッフも訪れるので、(静岡市の担当者には)駅近の物件を中心に探していただきました。
―1年ほどの短い準備期間で静岡スタジオをオープンしています。静岡市のどのようなサポートを活用しましたか?
久保田さん:今回、静岡市さんにはとてもお世話になりました。いくつか補助制度を使わせていただきましたが、便利に活用させていただいたのは「 Move To しずおか」制度ですね。
プロジェクト立ち上げ当初は、定期的に静岡市内を訪れる必要がありました。東京から近距離とはいえ、交通費や宿泊費などの経費もかさみます。この制度を使えば、宿泊費や交通費の一部を助成金で賄えるのでとても助かりましたね。
静岡と東京のやり取りは「ノーストレス」
―現在、静岡スタジオでは何名のスタッフが働いているんですか?
久保田さん:5名ですね。東京から異動した3名のスタッフと、地元で採用した2名の新入社員が勤務しています。東京からは作画監督、色彩設計、CGディレクターを担当するスタッフが来ています。その中で、色彩設計の渡辺は秋田県出身で、特に静岡に縁があったわけではないけれど(笑)、異動でこちらに来てくれました。
―渡辺さんに質問です。突然知らない土地への異動が決まり、困惑しませんでしたか?
渡辺さん:静岡には住んだこともありませんし、東京暮らしも長いので、正直なところ困惑はありました(笑)
シャフトには50年近い歴史があります。そのため私自身、“社員としての決められた流れ”に乗りながら働いている実感がありました。そんな中、静岡転勤の話が持ち上がったんです。久保田の「静岡では新たなチャレンジがしたい」という言葉に、「面白そうだな」と感じ、異動を決意しました。
久保田さん:静岡スタジオは、人材育成などの新たな試みができる場所にしたかったんですよ。若手を育てるためには、キャリアを積んだスタッフが必要不可欠です。渡辺他2名のスタッフに「どうにかお願いできないか」と相談し、異動してもらいました。
―静岡スタジオに異動し、不便は感じていませんか?
渡辺さん:ほとんど感じていませんね。会議はオンラインが中心です。社内は内線電話やインターネット回線などのネットワーク環境が整備されているので、本社スタッフとのやりとりもノーストレスです。
私たちは他のスタッフと関係性ができた上で静岡に異動したので、コミュニケーション面でも問題はありませんね。ほぼ毎月、東京本社にも顔を出していますし。
―生活面において、何か変化はありましたか?
渡辺さん:自転車が趣味になりましたね。静岡の名所は富士山だけではありません。海や川など自然豊かで、見どころが多い。自転車で走っていると「リフレッシュできる場所がたくさんあるな」と感じますね。
静岡スタジオの2名の新入社員は、いずれも地元の子たちです。静岡については私たちよりも先輩なので、地元のおすすめを教えてくれますね。今日も昼に「炭焼きレストランさわやか」に行って、「『さわやか』は静岡県民のソウルフードです!」って言っていたな(笑)
静岡で未来のアニメ業界を担う人材を育てたい
―静岡市での採用活動について教えてください。
久保田さん:静岡スタジオの採用は、地元の方々を対象に行いました。静岡市の産業振興課さんに地元の専門学校をご紹介いただき、希望者を募りました。
選考基準は、東京本社と変わりません。基本的な画力と、グループ制作に対応できるコミュニケーション力が判断材料です。
―「地元企業ではない」「県内での採用実績もない」などの理由から、採用面で不安はありませんでしたか?
久保田さん:そうですね。静岡スタジオの開設1年目からスタッフを採用できたのは、静岡市のサポートがあったおかげです。産業振興課さんには、採用活動も手伝っていただきました。市内の学校を訪れる際も、同行して一緒に説明してくださいました。静岡市の人的なサポートは、非常に大きな力になりましたね。
―久保田さんは「静岡スタジオは新たな試みができる場にしたかった」とおっしゃっています。人材育成における新たな試みとは?
久保田さん:静岡スタジオは、本社の新人教育とは大きく変えています。
先ほど話した通り、アニメ制作の仕事は分業制が定着しています。作画なら作画、色の仕上げなら仕上げ、CGならCGと、それぞれの技術ごとに担当が異なります。そのため職種ごとに部署がわかれており、各チームのスタッフはそれぞれの専門性を高める傾向が強い。
でも静岡スタジオの若手スタッフには、作画から色彩まで幅広く教えています。少人数を利点と捉え、個々のスキルを伸ばせるような育て方がしたかったんです。「従来とは異なる人材育成をすれば、これまでと違ったアニメ人材が育つのでは」という期待もありました。
渡辺さん:現場で教育にあたる私自身、東京で後輩たちに教えていた方法とは全く違うやり方をしています。静岡スタジオの新入社員は、2人ともアニメの専門知識がほぼない状態でした。入社当初から新しい仕事に対して前向きで、素直に吸収してもらっているな、と感じますね。
―静岡スタジオでの今後の展望について教えてください。
久保田さん:早いもので、静岡スタジオ開設から半年が経過しました。7月には静岡スタジオのスタッフも参加している作品「連盟空軍航空魔法音楽隊ルミナスウィッチーズ」もOAされました。
今は来年度の新卒採用に向けて動いているところです。今後も静岡スタジオを舞台に、業務領域や業界の常識に捉われない、あらゆることに対応できるアニメ人材を育てたいですね。
サテライトスタジオで働く久保田さん&渡辺さんに聞きました!
1 静岡県の好きなグルメは?
いっぱいあって選べません…!静岡といえば、マグロ、静岡おでん、日本酒ですね。美味しいクラフトビールもたくさんありますよ(渡辺さん)
2 静岡県でおすすめ or 行ってみたい 場所は?
日本平は景色も綺麗でおすすめです。オクシズが良いところだと聞いて、行ってみたいなと思っています(久保田さん)
3 オフタイムの過ごし方は?
自転車ですね。静岡市は平坦な道が多いので、サイクリングにぴったりなんです。橋から見る安倍川の景色が好きです(渡辺さん)
静岡県サテライトオフィス情報発信ライター・佐藤優奈(さとうゆうな)
シャフトさんのご取材を通して、「地方スタジオの展開」や「あらゆる技術を身につけた若手人材の活躍」がアニメ業界の新常識として定着する日も近いかもしれないな、と感じました。
【佐藤優奈プロフィール】