浜松の農家が世界の農業の未来を変える!?衛星データ×AIの力で新たな活路を切り拓くサグリ株式会社

282,000ヘクタール。これは日本の荒廃農地の広さを表す数字です(※1)。荒廃農地とは、耕作放棄により荒れ、通常の農作業では作物の栽培が客観的に不可能とされる農地のこと。日本全国の荒廃農地をつなぎ合わせると、佐賀県をすっぽりと覆うほどの広さになります。
サグリ株式会社は、衛星データとAI技術を用いて、荒廃農地の課題解決に向け、挑戦を重ねています。その影には、同社がオフィスを構える「浜松市」との強力な連携体制がありました。
浜松市のサテライトオフィスを舞台に、日本の農業界へ大きな変革を起こしつつあるサグリ株式会社。今回は坪井俊輔さん(代表取締役CEO)にお話を伺いました。
※1出典「荒廃農地の現状と対策について」(令和3年 農林水産省)
=会社概要==============
サグリ株式会社 / Sagri Co., Ltd:https://sagri.tokyo/
2018年6月創業。人工衛星の農地データ及び、画像認識技術等のITを活用した農業支援、インドの農業従事者と金融機関をつなぐ金融サポートを行うスタートアップ企業。衛星データを用いた農地パトロール調査アプリ「ACTABA(アクタバ)」の研究開発、提供を行っています。
2021年には「2021年度農林水産省 農林水産技術等大学発ベンチャー」に認定され、近畿経済産業局より、「J-Startup-KANSAI」に選出。さらに「環境省スタートアップ大賞事業構想賞」を受賞、「東洋経済2021すごいベンチャー」にも選出されました。
2022年、静岡県浜松市に浜松オフィスを開設。浜松市実証実験サポート事業、浜松市ファンドサポート事業の採択企業となりました。
本社所在地:兵庫県丹波市氷上町常楽725-1
サテライトオフィス所在地:静岡県浜松市中区鍛治町100-1 ザザシティ浜松中央館415
=インタビュー対象者紹介========
坪井俊輔(つぼい しゅんすけ)さん(代表取締役 CEO)
1994年横浜市生まれ。横浜国立大学理工学部機械工学・材料系学科を卒業。2014年4月に大学入学。大学3年次、MakersUniversityの1期生として選抜。そこで出会った仲間や恩師によって、人生が大きく変化。
2016年6月民間初の宇宙教育ベンチャー「株式会社うちゅう」を創業し、代表取締役CEOを務める。2016年ルワンダに赴き、教育活動を行う中で、現地の子どもが各々夢を持ちつつも、卒業後、農業現場で働くことを知る。
その後、2017年4月DMMアカデミーへ入学。衛星データを用いることで、現地の農業状況を改善し、将来的に子どもが自分の夢に挑戦できる環境を目指し、2018年3月にDMMアカデミーを早期卒業し、2018年6月サグリ株式会社を設立。
MIT テクノロジーレビュー 未来を創る35歳未満のイノベーターの1人に選出。農林水産省 「デジタル地図を用いた農地情報の管理に関する検討会」 委員。情報経営イノベーション専門職大学 客員教授。ソフトバンクアカデミア13期生。
SHIZUOKA TECH PLANTERをきっかけに浜松市での実証実験を実施
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―事業内容について詳しく教えてください。
サグリでは、衛星データとAI技術を駆使し、“荒廃農地を見える化”するアプリケーションを開発しています。
開発の背景には、これまでアナログで行われてきたチェック体制があります。
各市町村の農業委員会の方々は、農地法に基づき、毎年、遊休農地(荒廃農地等)を調査しなければなりません。台帳と地図を手に、担当エリアの農地を訪れ、すべて手書きでチェックして周る。これを1件1件こなすのは、かなりの重労働ですよね。
当社では、衛星データを用いて、現地に足を運ばずとも荒廃農地の状況を確認できる仕組みづくりを行ってきました。数度の実証実験を経て完成したのが、荒廃農地チェックアプリ「ACTABA(アクタバ)」です。
さらに当社では、農地の土壌診断アプリの開発も進めています。
土壌診断アプリ「サグリ」では、人工衛星の波長データを解析し、土壌に含まれるph値や炭素量を推測することができます。従来は、該当の農地の土を採取し、試薬を使い調べていました。しかし「サグリ」を活用すれば、試薬検査よりもずっと手軽に土壌診断が行えます。
私たちは、衛星データで土のph値を推測する仕組みはすでに開発していましたが、まだアプリにまで落とし込めていませんでした。しかし浜松市のファンドサポート事業の支援を受け、2021年9月よりアプリ開発を進めることができました。
―浜松市との連携がスタートしたきっかけは?
2021年に行われた「SHIZUOKA TECH PLANTER」でのライトニングトークがきっかけですね。当初は林業の課題について情報交換していましたが、浜松市内は農業が盛んと言うこともあり、農業の実証実験に向けて話が進んでいきました。
そういえば「SHIZUOKA TECH PLANTER」が行われたのも、当社のサテライトオフィスがあるザザシティ浜松ですね。
浜松市は東海地方の拠点に最高の立地

―そもそもなぜ静岡県にサテライトオフィスを開設しようと思ったんですか?
当社のコアメンバーは私を含めて8名です。業務委託の方やパートの方を合わせると約20名で業務にあたっています。各メンバーは本社所在地である兵庫や東京、岐阜などそれぞれ異なるエリアに居住しているため、利便性の点においても東海地方にオフィスを構えたいと思っていました。
実は以前、一時的に愛知県内に事務所を置いていたことがありました。しかし、車がないと不便な場所で、ネット環境にも不満があったため、他のオフィスを探していたんです。その時に出会ったのが、現在のサテライトオフィスです。
私自身、住まいが東京と兵庫にあり、さらに地方出張も多い。新幹線ひかりに乗れば、東京から浜松のオフィスまで約1時間半で来られます。浜松は「交通の便」においても最高の立地ですね。
疲れたら銭湯でリフレッシュ!ザザシティ中央館3階「かじまちの湯 SPA SOLANI」
―浜松市には他にもシェアオフィスやコワーキングスペースがありますが、現在のオフィスを選んだ決め手はなんですか?
メンバーが各拠点に点在していると、自ずとオンラインでのやり取りが中心になります。Zoom等で会議をしていると、その声が他所に漏れ聴こえることもありますよね。情報漏洩リスクを避けるために、「ブースの上部が空いている」「各エリアがパーティションで区切られているだけ」のシェアオフィスやコワーキングスペースは、選択肢にありませんでした。
現在のオフィスはきちんと個室になっており、安心して業務に集中できる環境です。内見したその日に「入居します!」と即決しましたね(笑)
―現在、浜松オフィスに勤務しているのは何名ですか?
常駐しているのは、静岡大学のインターン生1名です。また、当社には岐阜大学で准教授をしている者がおり、彼も岐阜から浜松へ頻繁に通っていますね。
―他の社員の方々が浜松オフィスに足を運ぶことはありますか?
ありますよ。当社ではメンバーが定期的に集まり、経営合宿を行なっています。各々のアイデアや経営課題などについて、泊まりがけで意見交換をするのです。浜松のオフィスで合宿を行うこともありますよ。
―オフィスの周辺環境で気に入っている点は?
ザザシティ浜松中央館の3階には、「かじまちの湯 SPA SOLANI」という温浴施設が入っています。仕事や合宿を終え、疲れたら銭湯に直行して、リフレッシュもできる。最高の環境ですよ。

また、カーシェアリングもよく使っていますね。オフィスの近所には、カーシェアリング・ステーションがあります。県内の農村地域に出かける際、気軽に利用できるのも良いですね。
まずは利便性に的を絞ってお話ししました。でも実は、当社のサテライトオフィスが浜松市でなければならない大きな理由が他にもあります。
浜松市は“スタートアップ企業が果敢に挑戦できる環境”
―その理由について詳しく教えてください。
1つ目の理由は、周辺環境ですね。
浜松市は、東海地方でも有数の農業地域です。農家さんの数も非常に多く、各々の農地面積も広い。当社はアプリを開発するにあたり、データ分析だけでなく、フィールドワークも実施しています。浜松市は、フィールドワークにも最適な場所です。実際に農家さんの意見を聞き、反映しながら、アプリ開発を推し進めていくことができます。
また、スタートアップ企業の受け入れ体制が整備されている点も魅力でした。
これは行政(浜松市)だけでなく、すでに市内で開業しているスタートアップ企業の皆さんにも言えることです。新参者を受け入れ、果敢に挑戦できる環境がすでに出来上がっていることは、我々新参者にとって非常に心強かったです。
スタートアップ企業が、第一次産業に関わるサービスを研究開発する上で、地域との連携体制はとても大切です。浜松市の行政の方々は、さまざまな点において迅速にサポートしてくださるので、安心感があります。
実証実験もサテライトオフィス開設も、浜松市の制度をフル活用
―浜松オフィスの開設にあたり、行政のサポートを受けたと聞きました。
当社は、浜松市の以下の制度を活用しました。
1、実証実験サポート事業
2、ファンドサポート事業
3、パートナー制度
浜松市の「実証実験サポート事業」とは、今後の飛躍的な成長が期待されるスタートアップ企業等が浜松市内で実証実験を実施する際に、各種支援を受けられる制度です。
当社は2021年度の採択企業に選出していただきました。浜松市内で行う実証実験に対する補助金の交付だけでなく、実証実験を行う際の関係各所の調整などもご協力いただけます。土壌診断アプリの開発にも、これを活用しています。
2つ目の「ファンドサポート事業」は、浜松市内にオフィスを構えるスタートアップ企業の成長促進を目的とする取り組みです。認定を受けると、交付金を受け取ることができます。

また、当社がザザシティ浜松への入居を即決した背景には、「パートナー制度」の存在がありました。ザザシティ浜松の運営企業は、浜松市とのパートナー関係にあります。そのため、敷金が無料になる上、毎月の家賃も大幅に値引きしていただけました。
実証実験も、サテライトオフィスの開設も、浜松市の行政の方々はいつもスピーディに対応してくださって本当にありがたいですね。
―先ほど静岡大学のインターン生の方がいるとおっしゃっていましたが、雇用の面においても行政のサポートはありましたか?
インターン生を迎えることができたのも、浜松市の職員さんの連携があってこそ実現したと思っています。
かねてから静岡大学には、多くの優秀な学生さんがいることは知っていました。ぜひインターン生として迎えたかったのですが、高いハードルもあると考えていました。
まず、民間企業と大学の間には、見えない壁があります。特に長年地元で親しまれている地元企業ではなく、突然地域にやってきた我々のようなスタートアップ企業には、警戒心をもたれるケースも少なくありません。そのため、なかなかインターン生を見つけるのは難しいかもしれないと思っていたのです。
しかし、浜松市の職員さんが、大学への橋渡しをしてくださり、優秀な学生さんを採用できました。現在、彼には浜松のオフィスを拠点に、全国各地への営業活動を手伝ってもらっています。素早く大学へアプローチし、優秀なインターン生との縁をつないでくださった職員さんにはとても感謝しています。
浜松市から世界の農業の未来を大きく変えるサービスを

―浜松市にオフィスを構えた御社の今後の展望を聞かせてください。
「ACTABA」は、農地を管理する行政業務をサポートするアプリです。さらに、土壌診断アプリなどの農家さんに役立つサービスの展開に向け、準備を進めています。私たちはこれらのサービスを通して、“行政”と“現場”の両面から農業をサポートできたらいいなと思っています。
そのためには、浜松市の農業の現場で、経験を詰む必要があります。今年の9月には、現在開発中の土壌診断アプリを市内の農家さんに試用していただく予定です。JAとぴあ浜松さんとも連携を取り合い、モデルケースを続々と増やしていきたいですね。
これまで数々の企業がアグリテック(※2)の分野に挑戦してきました。しかし、アグリテックで大きな成長を遂げた企業はそう多くありません。正直なところ「アグリテック=儲からない」と考えている投資家も少なくないのではないでしょうか。
私たちは、その固定観念を打ち破りたい。全世界の農業人口は、約26億人にも上ると言われています。私たちはその26億人に役立つサービスを作り、日本から世界へ届けたいんです。
これを実現するには、浜松の農家さんたちの協力が必要不可欠です。農業の現場を熟知した農家さんたちに率直なフィードバックをいただき、どんどん良いサービスを作っていきたいですね。
※2 「Agriculture(農業)」と「Technology(技術)」を組み合わせた造語。ICTを活用した農業領域のサービス、製品を表す言葉。
(了)
サテライトオフィスで働く坪井さんに聞きました!
1 静岡県の好きなグルメは? →うなぎ(あつみ)
2 静岡県でおすすめ or 行ってみたい場所は? →浜名湖のたきや漁に行ってみたい
3 オフタイムの過ごし方は? →音楽を聴く、寝る、ディズニーリゾートに行く
静岡県サテライトオフィス情報発信ライター・佐藤優奈(さとうゆうな)
事業を推し進める上で、実証実験ができる地との出会いは貴重だなと感じました。
サグリ株式会社様の浜松市での今後の展開が楽しみですね。
【佐藤優奈プロフィール】