焼津駅前商店街発。クリエイターと地域を結ぶまちづくり

商店街の賑わいは、しばしば地域活性化の指標に用いられます。大勢の買い物客が訪れる商店街は、その地域のランドマークとして、住民や観光客から愛されます。その反面、店主の高齢化や建物の老朽化により、衰退の道を辿る商店街も少なくありません。近年では閉店が相次ぎ、シャッターを下ろす店が多い様子を表した「シャッター商店街」という言葉も生まれました。
今回お話を伺った渋谷太郎さん(株式会社ナイン 代表取締役)は、焼津駅前通り商店街のサテライトオフィスを拠点にまちづくり事業を展開。「1軒でも多く、商店街のシャッターを開けたい」と挑戦心を燃やしています。
会社概要
株式会社ナイン
https://nine.sc/
Webサイト制作・デザイン、まちづくり事業を展開。
2018年、静岡県焼津市にある焼津駅前通り商店街内にサテライトオフィス(自社オフィス)を開設。コワーキングスペース「Homebase YAIZU」を運営する。2021年、同商店街内にカフェ&コミュニティスペース「PLAY BALL! CAFE」をオープン。同店舗内にサテライトオフィスを移転した。
本社所在地:東京都品川区上大崎3-2-1 目黒センタービル 8F
サテライトオフィス所在地:静岡県焼津市栄町4-2-6 PLAY BALL! DEPARTMENT 2F
インタビュー対象者紹介
渋谷 太郎(しぶや たろう)さん
1975年静岡県焼津市生まれ。静岡大学理学部物理学科卒。
2000年に株式会社アイ・エム・ジェイへ入社し、インターネット黎明期からプロデューサー/ディレクターとして、企業のデジタルマーケティング&クリエイティブ活動を支援。ウェブインテグレーション事業の事業部長等を経て2013年に独立し、株式会社ナインを設立。デジタルとクリエイターの力で地方創生に取り組む。
2006年にはデジタルハリウッド大学院の講師を務め、若手クリエイターの育成にも力を注ぐ。
デザインもまちも“つくる”会社
―まずは御社の事業内容について詳しく教えてください。
ナインは、WEBサイト制作やデザイン、まちづくり事業を行う会社です。2013年に創業し、今年で10期目です。
現在は東京と焼津市に拠点があり、社員8名で業務にあたっています。WEBサイト制作のお仕事が多いですが、映像やパッケージのデザインの依頼も増えていますね。
近年では、焼津市・川根本町魅力創出連携協議会様の観光プロジェクト「 うみたびやまたび」のWEBサイト制作などを担当させていただきました。

―まちづくり事業の概要を教えてください。
「らしさで自走する街をつくる」をテーマに、カフェやワークスペースの運営や創業支援、新商品の開発サポート、クリエイター育成を行なっています。
その拠点となるのが、焼津駅前通り商店街にあるサテライトオフィスです。当社のサテライトオフィス兼コワーキングスペースとして、2018年5月に
「 Homebase YAIZU」を開設しました。一般の方にも、仕事場や打ち合わせ、会議スペースとしてご利用いただいています。
馴染みのある街・焼津でサテライトオフィス開設

―渋谷さんはもともと地元の焼津市でまちづくりに関わりたいと考えていたんですか?
漠然と “まちづくり”というものに興味がありました。まちづくりとは何かを模索しながら、都内でローカルを盛り上げる活動をしていたこともあります。でも「東京でパソコンを前に地域課題を解決しようと思っても、結局何も変わらないな」という実感がありました。
まちづくりをするなら、どこかの地域に拠点を置き、その地域と深く関わる必要性がある。ちょうど静岡県内で事業の幅を広げたいと思っていたこともあり、サテライトオフィスを開設しようと考えました。
当初は静岡市での開設も検討していました。東京との行き来を考えると、静岡市はアクセス面で優れていますから。でも僕自身が焼津出身ということもあり、「馴染みのある街でまちづくりに関わりたい」という思いから焼津市に決めました。
2017年頃、社員を増やし、「Homebase YAIZU」の開設準備をスタートしました。
―焼津市で採用活動を?
そうですね。WEBスキルがあり、まちづくりにも興味のある方を地元で採用しました。
現在は東京の社員が3名、焼津市は4名、愛知県にも1名います。
―各拠点が離れていて、仕事上の苦労はありませんか?
特にありませんね。偶然にも、東京はディレクター、焼津市はクリエイター(デザイナーとエンジニア)と、居住地ごとに職種が分かれているんです。
焼津駅は新幹線停車駅の静岡駅から在来線で15分かかりませんし、「Homebase YAIZU」も焼津駅から徒歩10分以内です。僕は東京在住ですが、週に1度は焼津に顔を出していますよ。
コワーキングスペースでクリエイター&地元事業者とのつながりが強固に
―コワーキングスペース「Homebase YAIZU」には、どのような方が訪れますか?
利用者の属性はさまざまですね。以前はクリエイターが大半でしたが、コロナ禍でテレワークになった会社員の方のご利用も増えました。
―コワーキングスペースでの利用者同士の交流をきっかけに、協業につながることもありますか?
2022年発売の「 焼津マリンアージュチョコレート」は、利用者同士の会話から生まれました。焼津産トマトと特産物の鰹節を組み合わせたチョコレートです。
きっかけは雑談でした。静岡市のチョコレート店で働くデザイナーの方がうちの常連さんで、「チョコレートの新商品を作れたら面白いね」という話になったんです。当社のスタッフも交えて、「利用者の中にトマトの生産者がいるけれど、トマトとチョコレートは合うかな?」、「焼津らしさの象徴として鰹節を入れてみるのは?」とアイデアを出し合ううちに、トマトの生産者・鰹節屋・チョコレート店・クリエイターがつながり、商品開発に結びつきました。

―焼津らしさが伝わるユニークな商品ですね。
生産者・事業者・クリエイターがそれぞれの知恵を出し合い、ものづくりをしたから生まれた商品ですね。焼津には、そのチャンスがあります。
都内はクリエイターの分母が多いので、“同じコワーキングスペースで働くクリエイター同士”のつながりは生まれやすいかもしれません。でもこのように全く異なる背景を持つ人同士がつながり、商品開発ができるのは、焼津市ならではだと思います。
地元14社とタッグを組み「焼津キャンプ飯」を開発

2022年6月には、「焼津キャンプ飯商品開発プロジェクト」が始動しました。「次世代の焼津ブランド創出協議会」が、焼津市の事業者とともに新商品を開発するプロジェクトです。当社は、主にデザインの取りまとめを担当しました。
地元で食品の製造や加工を行う14社の協力もあり、焼津市の魅力が詰まった美味しいキャンプ飯が完成しました。
―御社を含む「次世代の焼津ブランド創出協議会」が、焼津キャンプ飯プロジェクトを立ち上げた理由は?
焼津市は日本有数の魚の街です。鮮魚はもちろん、鰹節などの水産加工品も多い。水産加工品は保存がきくためお土産に買い求める観光客もいます。しかし私たちは「他にも活かせる道があるはずだ」と考えていました。
当社は以前からクリエイターと事業者とのマッチングがしたかったので、パッケージデザインやマーケティングのサポーターとして関わらせていただきました。
―参加事業者の中には老舗企業も含まれていますね。
そうですね。ちょうど代替わりして、30代、40代の方が社を率いる事業者もいます。「家業を継ぎ、何か新しいことにチャレンジしたい」と考える中、ひとつのアクションとしてプロジェクトに加入した方もいるかもしれませんね。
―コワーキングスペースを運営していると、そのような事業者の悩みに触れることもありましたか?
事業者の悩みから始まる商品開発プロジェクトもあります。地元で自家焙煎珈琲を販売する方と一緒に開発した「妖怪珈琲」もそうです。焼津市とゆかりのある「小泉八雲」とのコラボ商品を取り扱っており、お土産としてより「小泉八雲」を知ってもらえるような商品にしたいというお話から生まれました。
地元事業者たちを巻き込んだプロジェクトを展開できるのは、商店街イベントの企画・運営を通して積極的に交流を図ってきたことも、理由のひとつかもしれません。
イベント&フリーペーパーで焼津の魅力を発信
―焼津駅前商店街でのイベントについて詳しく教えてください。
定期的に開催しているのは「アソビバ」という子供向けイベントです。2018年のスタートから、年2回ペースで開催しています。現在は、20-30代の若い人材が中心となり、運営されています。
アソビバでは商店街の一角を通行止めにして芝生を敷き詰め、子供たちが楽しめるワークショップを行います。多い時では約1000人が来場しました。

―商店街の他のお店の方から、反対はありませんでしたか?
むしろ「どんどんやって」と言ってくださいますね(笑)。 イベントを機に商店街の方と仲良くなることもありますよ。
焼津駅前商店街の中には、閉店してシャッターが下りているところもあります。決して“すごく栄えている商店街”とはいえません。でもそのような場所に若い世代が集えば、一気に明るい雰囲気が漂い、街の未来を感じることができる。もちろん来てくださった方々に商店街の魅力も伝えられます。
それは商店街と地域の方々の双方にとって、すごく良いことだと思いますね。
―渋谷さんは街の魅力を伝える取り組みとして、フリーペーパーの制作も行っていますね。
当社の「hb magazine」は、焼津界隈の面白い人・モノ・コトを伝える目的で制作をはじめたフリーペーパーです。地元で面白い活動をしている人たちを紹介して、焼津市に対する興味関心につなげていきたいと思っています。
当初はコワーキングスペースや当社、商店街エリアをPRする目的もありました。
でもまちづくりの観点から考えたときに、ただ街を紹介するのではなく、「広い意味でのクリエイター」の注目を集められる冊子である必要性を感じました。
―「広い意味でのクリエイター」とは?
商店街のお店やイベントなどのコンテンツを一緒に作っていける方たちですね。
閑散とした商店街から脱却したいと思っても、そこに魅力的なコンテンツがなければ集客は叶いません。このフリーペーパーが、ともにまちづくりをしたいと思う方の目に止まったらいいな、と思っています。
物件は“ご縁”と“信頼関係”が大切
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―御社が運営する「PLAY BALL ! CAFE」についても聞かせてください。
「 PLAY BALL ! CAFE」はカフェ&コミュニティスペースです。焼津の新たな交流拠点を目指して、「Homebase YAIZU」の斜向かいにオープンしました。クリエイターの作品展示やイベント等でも使えるよう、レンタルスペースとしても貸し出しています。
―物件はどのように探しましたか?
物件との出会いは、いずれもご縁ですね。1件目の「Homebase YAIZU」は、社員のツテで大家さんとつながり、貸していただけることになりました。
「Homebase YAIZU」開設から数年が経ち、徐々に手狭になってきたので新たな物件を探していましたが、なかなか見つかりませんでした。その時に商店街の方から「PLAY BALL ! CAFE」の物件を紹介していただきました。
ここは、長らく薬屋さんを営んでいたご家族が、1階を店舗、2階と3階を住居として使っていた建物です。ご高齢の家主さんは、店じまいを検討されていました。ロケーションもタイミングも良かったため、「ここしかない」と覚悟を決め、土地から建物まで購入しました。
―「Homebase YAIZU」で作り上げた人脈と信頼があったからこそ、スムーズに入居できたのかなと感じました。
そうですね。一般的には流通しない物件ですから。
コワーキングスペースを運営してきた下地に加え、イベントなどで積極的にコミュニケーションを図ってきたからこそ、信頼関係が築けたのかもしれないと感じますね。
行政×地元企業×クリエイターとタッグを組み、焼津のおもしろさを伝えてゆく
―行政との取り組みで印象的なものはありますか?
2022年12月に焼津漁港親水広場ふぃしゅーなで開催した「ピックヨウル」というクリスマスマーケットイベントですね。約30店舗の飲食店や雑貨屋などの出店と、小さな音楽イベントを行い、盛況でした。不運にも数年に一度の大寒波の日でしたが、2日間で6000人が集まりました。

前例が無く、なかなか会場の広場の使用許可が下りませんでしたが、焼津市の方が粘り強く交渉してくださり、無事に開催できました。
この他にも、金融機関との橋渡しやテント・発電機等の提供、準備、片付け、当日の運営サポートなど、あらゆる面で協力していただきました。
―渋谷さんが焼津市でこれから挑戦したいことはありますか?
現在は、商店街の空き家の調査を進めています。シャッター商店街の問題は、ただ単に賃貸情報を流し、入居を募れば解決するものではありません。行政と商店街と協力しながら、大家さんとお店をオープンしたい方とをつなぐ役割を担えたらと思っています。
人が集う場所を作ることは、まちづくりそのものに直結します。商店街に面白いお店が増えれば、足を運ぶ人も自ずと増えるはずです。1軒でも多くシャッターを開けて、にぎやかな商店街を取り戻したいですね。
サテライトオフィスで働く渋谷さんに聞きました!
1 静岡県の好きなグルメは?
焼津の珍味・かつおのへその味噌煮ですね。
かつおのへそとは、鰹の心臓です。レバーのような風味がクセになります。
2 静岡県でおすすめ or 行ってみたい 場所は?
ナイトハイクで訪れた満観峰です。
海のイメージが強い焼津ですが、山もおすすめですよ。
3 オフタイムの過ごし方は?
海や港が近いので、ふらっと散歩に出かけます。
静岡県サテライトオフィス情報発信ライター・佐藤優奈(さとうゆうな)
カフェでは定期的にクリエイターが集まる交流会を開催しているそう。
新たなアイデアや刺激を得られる場は貴重なので、ぜひ行ってみたいなと感じました。
佐藤優奈プロフィール