橋梁などインフラ構造物の点検・調査・診断を中心に事業展開する東京都のアイセイ株式会社は、静岡県静岡市に3D技術のリスキリング(社会人が業務で役立つスキルを「学び直し」すること)ができるコワーキングスペース「3D Lab. Hitoyado base」を開設しました。

これまでと全く異なるリスキリング事業を、なぜ本社から離れた静岡県でスタートすることになったのでしょうか。挑戦の経緯とこれからの展望について、3D Lab. Hitoyado baseでラボ長を務める藤田 吉臣さんに伺います。

アイセイ株式会社 事業内容】
1997年設立。本社は東京都荒川区。橋やトンネルなどインフラ構造物の点検・調査・診断および、それに伴う3D計測・解析などが主な事業。「わたしたちはヒーロー」を合言葉に、インフラを守るプロフェッショナル。2024年9月、全国初の3D技術を学べるコワーキングスペース、3D Lab. Hitoyado baseを静岡県静岡市に開設。

▼本社所在地
〒116-0013 東京都荒川区西日暮里2-40-3 横山ビル6階

▼静岡市コワーキングスペース「3D Lab. Hitoyado base」所在地
〒420-0035 静岡県静岡市葵区七間町19-1 人宿町離宮 2階


インタビュー対象者紹介
3D Lab. Hitoyado base ラボ長 藤田 吉臣さん
北海道札幌市出身。測量専門学校を卒業後、地元の測量会社へ入社。北関東支店配属となり営業職を経験する。その後、アイセイ株式会社へ入社し技術開発部 空間情報グループに所属。3D Lab. Hitoyado baseの開設にあたり、2024年8月に静岡市民となった。現在はラボ長としてコワーキングスペースを運営しながら、3D計測や測量業務をおこなう。好物はビールとジンギスカン。

着想のヒントは、「駆け込み寺」で助けられた原体験。構想5年の肝いり新規事業を2024年に実現

▲3D Lab. Hitoyado base 施設内の様子
▲3D Lab. Hitoyado base 施設内の様子

──まずは、アイセイの主な事業について教えてください。

藤田さん(以下、藤田):アイセイは創業から約30年のあいだ、構造物点検をメイン事業としてきた会社です。主に関東近郊の橋やトンネルをメンテナンスしています。一方、2024年9月には全くの新規事業として、3D技術を学べるコワーキングスペース「3D Lab. Hitoyado base」を開設しました。

──なんと、メイン事業とは全く異なる方向性の新規事業展開なのですね!

藤田:はい。あまりにも違いすぎる方向性に、社内は少しざわつきましたね(笑)。しかし実は、代表が5年前から構想していた肝いりの事業です。

──そうだったのですね。なぜ代表は3D技術をコンセプトに、コワーキングスペースを開設しようと考えられたのでしょうか。

藤田:3D技術を学ぶ人の「駆け込み寺」を作りたかったからです。

そもそもアイセイでは、3Dレーザースキャナーをメイン事業の図面作成などで普段から活用しています。古い橋を3Dでスキャンして図面を復元するなど、今となっては当社の構造物点検の強みともなっている3D技術。しかし、約10年前の導入当初はまだまだニッチなサービスで、マニアックな技術の習得に苦戦していました。

最初は何が正解かも、誰に聞いたらいいのかも分からない状態。そんななかで代表が見つけたのが、全国から3D技術の初心者が集まって教えあう「駆け込み寺」のような場所でした。この場所での学びや出会いが、代表の強い原体験となっています。

10年経った今でも、3D技術がまだまだニッチであることは確かです。これから3D技術を学びたいと思う個人や事業者のために、今度は私たちが「駆け込み寺」側になれないか……。そんな想いから、3D Lab. Hitoyado baseは誕生しました。

「3次元点群データのパイオニア」静岡県で始める、地域密着のリスキリングプレイス

▲3D Lab. Hitoyado baseが入居する人宿町離宮の外観
▲3D Lab. Hitoyado baseが入居する人宿町離宮の外観

──コワーキングスペースを開設するだけなら、本社のある東京都でも可能かと思います。なぜ、静岡県静岡市を拠点に選んだのでしょうか。

藤田:まず、静岡県だった理由は、3Dデータの活用に取り組んでいる自治体のトップランナーだからです。静岡県が提供している VIRTUAL SHIZUOKAでは、県全域を丸ごとスキャンした「3次元点群データ」を、誰もが自由に使えるように無償公開しています。全国に先駆けて3D技術に注力するパイオニアの静岡県で、事業を始めたいと考えました。

また、コワーキングスペースは 静岡市の人宿町(ひとやどちょう)に開設しました。人宿町に決めた理由は、静岡市のなかでも特にまちづくりに注力していて、昔ながらの人情味を残しつつ、未来に向けたリノベーションなども進めているエリアだったからです。

3D Lab. Hitoyado baseのコンセプトのひとつに、「地域の協力による運営」があります。静岡県静岡市なら、データ活用や地域連携がスムーズにできるのではないかと期待し、拠点に選びました。

──3D技術を使った事業を始めるには、うってつけの静岡県だったのですね。コワーキングスペース開設にあたり、補助金などは活用しましたか。

藤田:中小企業庁の事業再構築補助金を活用しました。静岡県や静岡市の補助金は使っていませんが、もっと早く知っていれば活用していたと思います。

──静岡県とのコミュニケーションはありましたか。

藤田:もともと、静岡県の未来まちづくり室や静岡市の景観まちづくり課や3D技術を扱う課とは、本業の構造物点検事業で話す機会がありました。「静岡市にコワーキングスペースを開設する」と伝えたところ、気軽にコミュニケーションをとってくれたり、3D Lab. Hitoyado baseに実際に足を運んでくれたりと、何かと気にかけてくれたのが嬉しかったです。

また、県が運営するイノベーション拠点「SHIP」や市が運営する「コ・クリエーションスペース」にも顔見知りがたくさんできまして、相談しやすいですね。SHIP、コ・クリエーションスペースの方々も積極的に3D Lab. Hitoyado baseを紹介してくれるので、利用者増加につながり助かっています。

プライベートからビジネスまで、人それぞれの目的で活用されている3D Lab. Hitoyado base。地域のリスキリング人材育成に貢献

▲3D Lab. Hitoyado baseの3Dプリンタで造形物を出力する様子
▲3D Lab. Hitoyado baseの3Dプリンタで造形物を出力する様子

──そもそも、3D技術があればどんなことができるのでしょうか。アイセイでは構造物点検事業で活用しているとのことでしたが、一般的な個人や法人では、どのような使い方ができるのか教えてください。

藤田:たとえば、3Dプリンタで実寸サイズ・縮尺サイズのデモ製品を出力すれば、実物を製作するコストを掛けずに、机上でさまざまな確認が可能です。また3Dデータがあれば、建物の寸法を測ったり、モノを搬入できるかどうかのシミュレーションをおこなったりすることもできるでしょう。建築やものづくりのイメージが強いかもしれませんが、運搬管理、セキュリティ、芸術などの分野でも幅広く活躍する技術です。

──アイデア次第でさまざまな活用ができそうです! 3D Lab. Hitoyado baseの利用者はどのように3D技術を活用しているのでしょうか。

藤田:プライベートからビジネスまで、活用の目的は本当にさまざまです。

たとえば、お子さんのためにプラモデルのサーベル(武器)を作ったお父さんがいましたね。正規のサーベルが壊れてしまったようで、モデリングから出力まで3D Lab. Hitoyado baseで作業されていました。

また、建築系企業の方がコンペの発表用に、建物の3Dモデル出力で利用されたこともあります。CADでモデリングしたデータをすでに持っていらっしゃったので、建物の中身は空洞にするなど、いくつかアドバイスや調整をして、材料費を抑えることに成功しました。

──プロのアドバイスをもらえるのが初心者にも嬉しいサービスですね。全く3D技術に触れたことのない人が、一から学びに来ることもあるのでしょうか。

藤田:あります。最近では、毎日のように立ち寄ってくださる会社員の方がいらっしゃいますね。その方は3Dプリンタで出力したいものがあるのではなく、シンプルに3D技術へ興味関心をもち、データの作り方や機械の触り方などを日々学ばれています。まさに、「リスキリング」ですね。

──利用者が思い思いに、自分のペースでやりたいことを実現されているのが素敵です。ちなみに、3D Lab. Hitoyado baseは普通のコワーキングスペースとしても利用できるのでしょうか。

藤田:もちろんです! 「3D技術を学ぶ場所」というイメージが強いものの、3D Lab. Hitoyado baseはコワーキングスペースとして、誰でもウェルカムな場所です。

拠点は「アイセイの静岡サテライトオフィス」としても活用予定。静岡県への進出が本業にとってもプラスに

▲3D Lab. Hitoyado baseで打ち合わせをする利用者
▲3D Lab. Hitoyado baseで打ち合わせをする利用者

──3D Lab. Hitoyado baseの開設は、3D技術を学びたいたくさんの方にとって、大きなメリットになっているかと思います。一方で、アイセイのビジネスにとって、静岡県進出にメリットはあるのでしょうか。

藤田:3D Lab. Hitoyado baseは2024年9月の開設からまだ間もないので、単体で大きな利益を生んでいる事業ではないのが現状です。そのため、この場所をサテライトオフィスとして活用する方向性でも動いています。

3D Lab. Hitoyado baseを「静岡サテライトオフィス」の位置づけにしていくことで、これまでになかった県内企業や自治体とのお付き合いが増え、事業拡大につながる可能性は大いにあると考えています。本業も含めて総合的に考えると、アイセイにとって静岡県進出は大きなメリットがあると言えるでしょう。

──藤田さんご自身の満足度についてもお聞かせください。3D Lab. Hitoyado base開設にあわせて、2024年8月に静岡市に移住されたとのことですが、生活はいかがでしょう。

藤田:サッカーをやっていましたので、サッカー大国の静岡県には憧れがあり、移住できたことは純粋に嬉しいですね。今はコワーキングスペースから徒歩3分のところに住んでいますが、静岡市は雪が降りませんし、平地が多いので、抜群の過ごしやすさです!

「教えあえる環境」になる場所へ。利用者や近隣地域と共に成長していきたい

▲3D Lab. Hitoyado baseで作業する利用者
▲3D Lab. Hitoyado baseで作業する利用者

──3D Lab. Hitoyado baseでは、地域の方々を雇用する機会もあるのでしょうか。

藤田:はい。すでにアルバイトで静岡デザイン専門学校の学生が6名ほど働いてくれています。CGやデザインを勉強している学生たちなので、私としても学びが多く刺激になっていますね。コワーキングスペースの運営は学生アルバイトの稼働で十分なのですが、今後静岡県内で本業の仕事が忙しくなってきた場合、地域での正社員採用も十分にあり得ます。

──本業のサテライトオフィスとしての業務拡大も楽しみです! 3D Lab. Hitoyado baseとして、今後の展望はありますか。

藤田:さらなる利用者増加を目指しつつ、「教えあえる環境」のスタンスで、利用者とともに成長できる場所をつくっていきたいです。3D技術は幅が広いので、きっと私たちでも知らない活用方法があるはず。一方的に「先生」としてアドバイスする立場ではなく、新しい使い方を教えてもらったり、みんなでディスカッションして知見を高めていったりするのが理想ですね。

──地域とはどのように関わっていきたいですか。

藤田:より一層、人宿町に根づいていきたいです。最近、人宿町で開催されるイベントの立ち上げメンバーに参加させてもらうことになりました。着々とやりたかったことが実現できている実感があるのですが、次のステップとしては「参加させてもらう側」ではなく「巻き込んでいく側」になっていきたいと考えています。アイセイの本業を通して得た知見を活かしつつ、地域のためになるテーマで何か発信できるといいかもしれません。たとえば、「住んでいる街のインフラメンテナンスの重要性」などでしょうか。

──今後、静岡県内外の企業と連携する機会も増えていくと思います。どのような企業と連携したいですか。

藤田:業界的に建設コンサルタントやゼネコンとの連携が多いのが現状ですが、どんな業種であっても大歓迎です。元請け・下請けといった関係ではなく、同じ目線で力を合わせ、共創していける企業とお仕事できたらと願っています。

──最後に、静岡県進出を考える県外企業へのエールをお願いします。

藤田:「静岡県に進出しよう」と考えた時点で、行政の補助金を調べましょう。私たちは国の補助金を活用しましたが、静岡県や各自治体の補助金も充実しているので、まずは確認することから始めるといいと思います。それ以外は、静岡県に来てからでもきっとなんとかなるはず! 静岡県は県外の人を歓迎してくれる親しみやすい雰囲気がありますので、安心して一歩踏み出してみてください。

コワーキングスペース「3D Lab. Hitoyado base」を開設した藤田さんに聞きました!

① 静岡県の好きなグルメは?
ラボの近くにある、HITOYADO TAPROOMのクラフトビールとメンチカツが好きです。

② 静岡県でおすすめの場所or行ってみたい場所は?
三島スカイウォークへ行ってみたいです。

③ オフタイムの過ごし方は?
バイクに乗ってます!! 引っ越してきたばかりなので、どこに行っても新鮮で気持ちがいいです!

静岡県サテライトオフィス情報発信ライター・安光あずみ(やすみつあずみ)

3D Lab. Hitoyado baseはアイセイの藤田さんから、専門学生、建築系企業の会社員、地域のお父さんまで、さまざまな属性の人が「3D技術」を合言葉にして集う、不思議な場所だと感じました。同じようなコンセプトのコワーキングスペースは、東京都内でも見かけたことがありません。異業種がごちゃ混ぜになって交流することで、どんなアイデアやイノベーションが生まれていくのでしょう。今後の3D Lab. Hitoyado baseの展開が楽しみになりました。

「着々とやりたかったことが実現できている」と話す藤田さん。もしかしたら数年後、静岡県や静岡市・人宿町を盛り上げる会社として、アイセイはますます存在感を放っているのかもしれません。これからの活動も応援しています!

【安光あずみプロフィール】